六月のカエル 17


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「ああ、気持ちがいいな……」
 雅野を胸に抱きながら信大が湯の中で言った。
 ふたりで入る浴槽は狭かったが、こうしてぴったりと抱き合っていれば寒くない。浴槽の中で身動きできないのと、お湯の温かさとに雅野はぐったりと脱力して信大の胸に抱かれていた。
 手にも足にも力が入らない。信大に抱かれた後で全身がぐだぐだだった。どうしてこうなったんだろうと考えてもうまく思考が回らない。
 でもまあ、いいや。と雅野は考えるのをあきらめた。
 信大も気持ち良さそうにくつろいでいる。このあとは眠るだけ。
 ふたり同じベッドで眠り、目覚めればきっとまたキスをするのだから。


***


 信大の家にはいままでは休みの日に泊っていたが、二週間もずっと泊るということは初めてだ。信大も雅野も休館中がまるまる休みになるわけではないが、ともかく明日は定休の日だったからふたりとも1日オフだ。
 家に入るとすぐにつないでいた手を引き寄せられて、ついばむような恋人同士のキスが始まった。お互いの顔を見ながら唇だけを触れ合わせるキスはこのうえなく親密で、雅野は自然に笑顔になってしまった。
 このままずっとキスを続けていたかったが、信大の腕が雅野の体を抱き直したそのときだった。
 信大のシャツの胸ポケットに入れていた携帯電話が着信音を鳴らす。えっと雅野が思ったのと同時に信大が顔を離してすまなそうに謝った。
「すみません、仕事のことで一本だけ電話が来ることになっていたのです。むこうで話してきますから」
「あ! はい、どうぞ」
 信大が携帯電話を耳へ当てながらこの家の一角にある事務所のほうへ行くのを雅野は髪を直しながら見送った。
 やっぱり信大は忙しい。特別展を前にして信大が準備に追われていることをすっかり忘れるところだった。

 事務所で話している信大の電話がなかなか終わらないようなので、雅野は自分の着替えを入れておいたバッグからエプロンを取り出した。
 家事をするときはエプロンをつけてと母にいつも言われているのだが、いままではなんとなく面倒でつけていなかった。それに母が買ってくれたエプロンはひもを後ろで結ぶタイプで、ちょっと古臭いデザインだった。でも信大の家にいるときはせめて食事の支度や最低限の家事くらいはしたいと思って持ってきていた。
 いつも疲れた顔など見せないが、このところの忙しさで信大だってきっと疲れている。夕食にすぐにできるものを作ろうと思い、信大が買い置きしているパスタや乾麺があるからお湯を沸かそうと準備を始めると信大がドアを開けて戻ってきた。

「すみません、電話が長くなって。雅野さんたちが言っていたグッズのことですが」
 あ、と思い出しながら雅野は振り向いた。
 佐倉と雅野とで少し前に、受付カウンターで販売できる美術館グッズがあればと信大に提案しておいたのだったが、特別展まであまり時間もなかったから今回は無理だと思っていた。

「一筆箋やメモ帳のような紙物ならできるそうです。あと、マスキングテープと。それを発注することにしました」
「わあ、間に合うんですね。よかった。ありがとうございます、信大さん」
 信大の家の中だったので雅野は喜んで礼を言ってしまったが、そんな雅野を信大はじっと見つめていた。
「あの、信大さん?」
 もしかしてグッズの発注がすごく大変だったとか? 信大にとっても専門の仕事というわけではないし……と、急に雅野が心配になって信大の顔を見たが、信大はなぜかじっと雅野を見続けたままだった。

「それは持ってきてくれたの?」
 信大の視線が雅野がつけているエプロンを上から下までじっと見ているようだった。
「はい? これですか?」
 きれいなレモンイエロー色のエプロンだったが、やっぱりダサかったかなと思いながら雅野は返事をした。
「そうですけど。あの、夕食はパスタでいいですか。それとも」
「いや、食事よりも」
 すっと信大の腕が伸びてきて雅野は後ろから抱きしめられてしまった。
「これは予想外でした」
 耳元で言われて、しかも信大がうれしそうに笑っている。
「なに? 信大さん、くすぐったい……」
 信大の笑いながらするキスに耳をなぶられて雅野は肩をすくめたが、信大は離してくれない。雅野を抱きしめたまま体を左右にゆっくりと揺らす。
「うれしいんですよ。雅野さんがエプロンを持ってきてくれたこと」
 え、どうしてそんなことで? と雅野は心の中で叫んだが、ようやく離れた信大の顔はやはり笑顔で、ちゅっと赤らんだ雅野の頬を吸った。
 
 どうしてなのか理由はわからないが、エプロンが信大のスイッチを入れてしまったらしい。
 そう考えるのが雅野には精一杯だった。また抱きしめられて今度はいきなりキスが深くなった。絡められた舌に息継ぎも満足にできない。
「んんっ……」
 キスをしているうちに信大の手がスカートをめくりあげていた。するっと入った手に太ももを上へとなでられて雅野は慌ててエプロンの上から押さえた。
「や、んっ、信大さん!」
 雅野が声を上げたがすでに信大の手はショーツに届いている。パンティストッキングの上からショーツをなぞられる感触と、スカートを押し上げている信大の腕がとてもいやらしく見えて、雅野の中がじわっと熱くなった。
「こんなところで……」 
「じゃ、ベッドへ行きましょう」
 涼しい顔で言いながら信大の手が抜かれると、なかば抱かれるように二階の寝室へ連れて行かれてしまったが、座らされたのはベッドに腰をおろした信大の膝の上だった。

 横抱きに座らされるのと同時に信大の唇がつけられて、さっきのキスよりはゆっくりと味合うようなキスに変わっていく。
「んっ……」
 何度も舌をすくいあげられて絡められるたびに唇の隙間から雅野の声が出てしまう。キスをしながら信大がスカートの下で器用にストッキングとショーツを降ろして足から抜いてしまうと、急に足がすうすうしてしまったが、足のあいだは熱を帯びたままだった。
「ひ、あっ!」
 狭い隙間に信大の指が入ってきて雅野は声をあげてしまった。柔らかな襞の奥、うるんでいる中へと信大の指が入ってきていた。
「ごめんなさい。待ち切れなかった。雅野さんを早く啼かせてあげたくて」
 信大がいつもの笑顔で言ったが、雅野の中では指がゆっくりと動き出していた。

 シャワーもまだなのに体の奥に指を入れられるのは相当に恥ずかしい。しかも服も着たまま、エプロンもつけたままだ。
 抵抗しようにもできるわけがなく、信大の指は小さな水音をたてて動いている。だんだんと足も開いてしまい、エプロンとスカートの下で信大の手は狭い雅野の中をかき混ぜながら敏感な粒も擦る。
「あっ、やっ」
 強すぎる快感に雅野の体はぶるっと伸び上がってしまった。信大の肩につかまって胸を押しつけてしまっているのに信大の指はなおも雅野を擦りあげる。
「はっ、はっ……」
 息を荒くしながら耐えるしかない。信大もいやらしいが、すぐに反応してしまう自分もいやらしい。もうシャワーのことなんて頭から飛んでいる。

 急激に高まる快感に雅野の中は引き攣(つ)れ始めているのに信大はじっと雅野の顔を見ていた。信じられないほどやさしい笑顔で。
「し、信大さん……」
 息を切らせて言ったのに信大はなおも雅野の中を擦るのをやめない。
「このままじゃ、いっ……ちゃう……」
「いいですよ。いったときの雅野さんを見せてください」
 同時に信大の指が押し付けられた。
 ああっと声をあげてのけぞる雅野の喉に信大が唇をつける。首に当てられた信大の唇と、中を擦られ、信大の手に敏感な粒が押される感覚とで雅野は気がつけばがくがくと体を揺らしながら信大の指をきつく締め付けていた。 
 


 自分の膝のうえで達してしまった雅野を信大は支えながら抱いていた。
「信大さん、疲れていると思ったのに……」
 息の静まりきらない雅野がやっと言うと信大はふっと息だけで笑った。
「疲れていますが、僕を元気にしているのは雅野さんですよ。そういうエプロン姿を見せられたらたまらない。押し倒したいのを我慢している男の気持ちをさらに逆なでするみたいな」
「えっ」
 なにか相当に俗っぽい、信大らしからぬことを言われた気がしたが、雅野には反論できなかった。信大が体をずらしながら雅野をベッドへ座らせると、するりと太ももの肌をなでてきたからだ。足の付け根までめくれ上がったスカートから出たむきだしの両足の膝に手がかけられると雅野の足はいとも簡単に開かれて、まだひくついている奥までも晒してしまった。

「あ、あ……」
 小さな声が雅野の口から何度もこぼれて止まない。
 めいっぱい開いた両足のあいだにいる信大の圧力を感じながら、声をあげるたびに雅野の腰が動いて、そのたびに最奥に信大のものが当たる。信大はほとんど動いていないのに雅野の中は緩み、引き絞られを繰り返していた。自分で意識していないのに体が勝手に動いてしまい、信大のものを奥へと引き込もうとしている。
「すごく……いいですね」
 信大がうっとりと目を細めて言ったが、雅野は聞こえていても信大の顔を見てはいなかった。信大の固さに占められていることが気持ち良くて、広げられている足をもっと開いてしまう。高まってくる感覚が体の中で溢れそうになってもう我慢できない。
「し、信大さん、動いて、欲しいの。動いて……」

 恥ずかしさも麻痺している。
 いやらしいことを言っているとわかっているが、いまにも達しそうなのだ。はあっと大きく息を吐いて快感を逃がした雅野に信大は返事の代わりにゆるりと腰を動かし始めた。 
 ゆるく動いては雅野の最奥を突き上げる。信大が突き上げるたびに雅野の中でぬかるみを突く音があがる。水音が繰り返されてひとつになり、そこからつま先にまで広がっていく快感についには雅野も昇り果てた。




「信大さん……」
「うん? 立てますか」
 しばらくのあいだ、ぼんやりとしていたらしい。意識が飛んでいたわけではないが横にいる信大に頬をなでられて我に返った。
「風呂に入りましょうか。それじゃ眠れないでしょう」
 まだ服もエプロンも着たままだ。信大もベルトをはずしたズボンだけの姿だった。
 信大に支えてもらうようにして浴室まで行くと乱れてくしゃくしゃになっていた服を脱いだ。汗をかいて下着も服も脱ぐのが大変なくらいなのにショーツははいていない。恥ずかしすぎる自分の姿に雅野はむしろ裸のほうがましじゃないかと思ったくらいだ。

「こんなつもりじゃなかったのに……」
 エプロンを持ってきたのは疲れている信大になにかしてあげたかっただけなのに。
 ツボにはまったらしくて結果的に信大は喜んでいたが、雅野はまた啼かされて、いかされて、これじゃ逆なのに、と雅野はわけのわからない愚痴をシャワーのお湯に向かって言っていた。
「いいじゃないですか」
 となりで信大がしっかり聞いていて、ボディソープの泡にまみれた雅野の体を後ろから抱いてきた。
「かわいい雅野さん、あんな雅野さんを見られるとは思っていませんでしたよ」
 それはエプロン姿なのか、服を着たまま乱れる姿なのか。
 たぶん両方だよね、と雅野は心の中で言った。

 やさしいのにいつも雅野を啼かせる信大。
 こういうのを相性が良いと言うのか、それとも似た者同士といったほうがいいのか。
 だが雅野にはそんなことはどうでもよくなってきていた。触れるだけで気持ち良くさせてくれる信大の体に包まれてもう気が遠くなり始めている。

「信大さん、……明日でいいのですけど」
 こんなこと今言っても、と思ったが、忘れずに言おうと思っていた。
「なんでしょう」
 信大が雅野のほてった赤い顔を見おろして返事をした。
 信大はなぜこんなときに、なんていうことは言わない。いつでもできる限り雅野の言うことを聞いてくれる。それが雅野を押し上げる。

「わたしが勉強できる本があったら読みたいんです。美術史の……、それから陶芸の……、信大さんが持っていたら……休みのあいだに……」
 信大にぬるぬると滑る指で乳房を揉まれて、雅野の言うことがだんだんと要領を得なくなっていたが、信大はわかっていてやっているようだった。
「いいですよ。僕の持っている本だったらいつでも。ただし」
 胸を抱かれ、後ろから擦りつけられた信大の下半身がもう固い熱を帯びている。
「勉強することは悪い事ではありませんが、夜は僕のために控えてください。本に邪魔されたくないので」
 読書は昼だけにして欲しいという言葉がおかしくなって雅野は笑った。
 信大と一緒にいるだけで楽しい。ふたりでずっとベッドにいるのも楽しい。そしてこうして愛撫しあうのが気持ちが良くて夢中になってしまう。本に邪魔されるなんてありえない。

「信大さん、大好き」
「僕もですよ」
 信大が雅野の手を取って唇をつけた。手の甲にキスされるなんて雅野は初めてだ。ふんわりと昇っていく湯気のなかで信大の手がまた雅野の乳房を柔らかく揉み始め、もっと触れてと求めるように乳首が赤く色づいている。

 いつのまにか信大なしではいられないようになっている。
 心も体も囚われている。

 それがとても心地良かった……。



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