六月のカエル 7


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「あなたは」
 見つめる信大の目は眼鏡をかけていないのに雅野をじっと見ていた。
「そういうことを言うと男がどうなるのか知らないのでしょう」
「え……」
 信大の手が雅野のブラウスのボタンをはずし始めた。

「知らないからそう言えるんでしょうね。危ない人だ」
「ちょっと待って、待ってください」
 雅野が服を押さえようとしたが信大がすばやくかがみこんで雅野の胸元にキスをした。
「なにを待てと?」

 首に息がかかるほどの近さで言われた信大の声に雅野の背筋にぞくっと震えが走った。
「シャワーを使わせてください……」
 なんとかそう言ったが信大はまた雅野の首に唇をつけた。かかる信大の息が熱い。
「ああ、シャワー。いいですね、一緒に入りましょう」
 
 そういうつもりで言ったのではなかったのに信大に手を握られて脱衣室に連れてこられてしまった。
「僕が脱がせてあげたいけれど、どうしますか」
 すぐにまた信大が手を伸ばしてきそうだったので雅野はあせって体を引いた。
「自分で脱ぎますから」
「そうですか。ではお先にどうぞ」
 さすがに目の前で服を脱ぐ恥ずかしさを信大もわかってくれたのか、タオルを出してからいったん脱衣室を出てくれた。
 さっきまでの信大とのやりとりでまた汗をかいてしまっている。もうシャワーを浴びずには済まされなくなってしまったとあきらめながら雅野は服を脱いだ。

 タオルを体へ巻いて浴室に入ると、壁と床は白とペールグリーンのモザイク柄のタイル張りで、シャワーヘッドも色あせた金色が古いホテルにあるようなクラシカルなものだった。雅野は本当に古いものかもしれないと思ったが、浴槽は新しい感じの物で、横の壁にある給湯システムのボタンも最近のものだった。
「雅野さん、入りますよ」
 初めて使わせてもらう浴室を雅野が見回しているうちに声がかかり、からりと引き戸が開けられて信大が入ってきた。信大も腰にタオルを巻いていたが、まだ午後で、窓のある浴室は明るくてお互いの体が見えてしまう。雅野は信大を見ないように背を向けたが、信大は雅野の後ろにきて腕を伸ばしてきた。
「これでお湯が出ますよ」
 信大がシャワーヘッドを手に持ってコックを回すとすぐにあたたかい湯が出始めた。
「緊張していますね」
 さっきのやりとりが嘘のように感じられるほどやさしく落ちついた声で話しながら信大が後ろからぬるめの湯を雅野の腕にかけた。タオルを巻いたままの雅野の体にさわさわとシャワーの湯が当てられていく。
「胸を見られるのは嫌ですか。それとも恥ずかしい?」
 うつむきがちに雅野はうなずいた。
「……両方。胸が大きくて良かったってこと、あまりないです」

 自分でも大きいと思っている胸は普段でもときどき見られているという視線を感じることがある。雅野の胸をこっそりちらちらと見てくる男もいるし、無遠慮に見てくる男もいて、いつも少しでも胸が目立たないように下着や服に気を使ってきた。嫌悪というほどではないが、男の視線を避けたいと思うときもあった。それでも会社でつきあっていた男は最初はすごく褒めてくれた。胸が大きいのがいいと何度も言われて、それに乗せられたというか、流されてしまったのかもしれない。結局は男の好き勝手にされてしまったのに過ぎなかった。

 黙り込んでしまった雅野に信大の手がボディソープをつけて肌をなではじめた。雅野に無理に
タオルをはずさせようとはせずに肩や腕をなでていた。緩やかに滑る信大の手が肌に心地良い。
「泣いてもいいんですよ」
 静かな信大の声に雅野は首を振った。信大のせいで泣きたいわけじゃない。
 それに雨の夜も思ったが、信大はとても親切だし、やさしい。こんなにやさしくされて好きにならないわけがない。

「わたしが抱いて欲しいって思ってもいいんですよね……」
 シャワーの音にまぎれそうな小さな声で言ったが、信大の手が止まった。シャワーヘッドを壁に
かけると雅野の体に手を回して向き直らせた。
「僕も抱きたいと思っています。あなたが好きだから」
 見上げた信大はうっすらとほほえんでいた。こんなふうに自分に笑いかけてくる男を雅野は今まで知らなかった。
 雅野が胸から腕を離すと濡れたタオルがするりと落ちていった。信大の肩に手を回すのと同時に胴を引き寄せられて唇が重なった。

「んっ……ふ……」
 ゆっくりと繰り返されるキスに何度も声が漏れてしまった。濡れた体で抱き合いながらボディソープの泡とともに信大の手が雅野の背中から腰、そして尻へと肌の上を滑っていく。ふたりの体のあいだで固く立った信大のものが何度も当たり、雅野が少し腰を引くとその隙間に信大が手を差し入れてきた。ボディソープとも雅野のものともわからないとろりとしたぬめりを広げられながら信大の手が動いていく。もうこんなにも濡れているとわかったとたんに雅野の体の中でぐんと熱さが増した。信大の指が入口へ入り込み、中をかきまぜられるとさらに熱いとろみが雅野の中からあふれてしまった。あとからあとからあふれるとろみは雅野の小さな芯に滑らす信大の指を濡らしていく。
 立ったまま信大にしがみつきながら何度も芯を擦られて雅野の腰が動いてしまう。体も揺れて信大の胸の中で体をよじろうとしてしまっても信大の指は離れなかった。絶え間なく擦り上げる指の動きに雅野はどんどん高まって、いとも簡単に達してしまった。

「もう……」
 ひくひくと腰を揺らして雅野が立っていられないと言うと、信大は雅野を支えながらシャワーを当てた。雅野の胸をいく筋もの流れになって落ちていく湯の中から赤く色づいた乳首が固く尖っていて、そこに信大が軽く口をつけただけで雅野はがくがくと膝を揺らしてしまった。
「刺激が強すぎますか」
 唇を離した信大に聞かれて雅野は泣きそうな顔でうなずいた。もう信大にもわかっている。雅野は胸が感じ過ぎてしまうということが。
「ベッドに連れていって……」
「すみません、そうしてあげたいのですが雅野さんが感じているのが僕もたまらなく感じる。もう持ちません」
 雅野の体を壁のほうへ向かせてもたれさせると信大も雅野の背に体をつけてきた。
「これなら恥ずかしくないでしょう?」
 そんなことはないのだが、また信大に胸を触られたらどうにかなってしまうと思った雅野はこくこくと頷くしかなかった。そんな雅野の耳に唇を寄せて信大がささやいた。
「かわいい人だ」

 もう足に力が入らないと思っていたのに信大のひと言でぽっと心の中が熱くなった。信大に腰を後ろに引かれて足を開くと、後ろから差し込まれた指が雅野の入口を確かめるように広げてから固いものが当てられた。
「あっ……」
 雅野の片足を信大が持ち上げるようにして上げさせると、いつのまにか避妊具をつけた信大のものがあふれる露の中へ入り込んできた。もう内部はとろとろに濡れているのに後ろから入ってくる信大の圧力に声が出てしまった。信大が押してくる感覚に雅野の腰が揺れて、揺れれば揺れるほど信大のものを呑み込んでしまい、ゆっくりと押すのにそれでいて引かない信大のものを雅野はすべて受け入れてしまった。

 雅野の片足を支えながら信大が腰を動かし始めると、そのたびに壁のタイルにもたれた体がずりあがりそうになるが、体の重みでそれほどには動かない。かえって奥が強く押されることになって雅野は荒く息を吐きながらタイルの壁に胸を押しつけていた。明るい浴室の中で壁と信大に挟まれた雅野の声と信大の動く音とが混じりあっていたが、もう雅野は気にしている余裕もなくなって
ただひたすらに信大を締めつけていた。雅野の奥を突きながら信大が白い背中へ顔を近づけて舌を這わせると雅野はびくっとのけぞってひときわ強く締めつけてきた。自分を締めつける雅野の中で信大もまた、もう堪えることができなくなって快感を解放した。





「すみません、食事に行けなくなってしまいましたね」
 信大が丁寧にタオルケットに包んでベッドへ座らせてくれたが、もう雅野にはまた服を着て出かける元気が残っていなかった。浴室で汗をかきすぎて髪まで濡れてしまった。信大がもう一度体も髪も洗ってくれたが、足の付け根がだるくてもう雅野はくったりと動けなくなってしまった。

「ごめんなさい、立てない……」
「いいですよ、今日も泊っていってください。明日の朝、送りますから。今夜の食事は僕がなにか作りましょう」
「すみません……」
 信大が冷たい水のペットボトルを持ってきてくれたので雅野は遠慮なくそれを受け取って飲んだ。カフェでアイスコーヒーを飲んでからなにも飲んでいなかったので喉がとても渇いていた。

 ベッドで座って水を飲む雅野を信大は横に座って見ていた。やはり眼鏡はかけていなかったが、信大の目はちゃんと雅野に焦点を合わせているように見えた。
「信大さん」
 雅野が思い切って苗字ではなく名前を呼ぶと信大はちょっと嬉しそうな顔をした。
「なんでしょう」
「信大さんのしている眼鏡、もしかして伊達ですか」
「ばれましたか。ええ、じつはそうなんですよ」
「えー、じゃあ目は悪くないんですね。どうして」
「それは企業秘密ですね」
 雅野に顔を近づけると信大がにこりと笑った。
「というのは冗談ですが、貫禄付けというか、そういうものですよ。美術館の館長代理に若い男がいても重みがないというか、信用されないでしょう」

 雅野にとっては信大は子どもっぽい顔には感じられないし、ざっと分けているだけの黒い髪もきちんと手入れがしてあった。けれども確かに信大は眼鏡をかけていないほうが若く見えた。美術館の職員に若い人が少ないかどうかは雅野にはわからなかったが、信大からもらった名刺には館長代理と書いてあった。
「館長は北之原家の当主が務めていますが、美術館のほうには興味がなくて仕事はほとんど任されています。それだけなんですがね」
 雅野には信大は謙遜して言っているように思えたが、彼くらいの年齢で館長代理というのはやはり少ないのかもしれない。
「そうなんですか……でもひとりで全部やるのは大変そう」
「ええ、だから休みも少ないし、雅野さんに会える時間も限られてしまう」
「あ、それなら」
 急に思いついて雅野は目を輝かせた。
「来週は信大さんの休みの前の日の夕方に来てもいいですか。信大さんが大丈夫なら」
「いいですね。それならばゆっくり雅野さんを抱いてあげられる。お泊りセットというやつも持ってきてくださいね」
 なんで信大がお泊りセットなんてそんなことを知っているのか。いや、知っていてもいいけど、と思いかけて雅野はそれよりも自分が泊る気まんまんで言ってしまったことに気がついた。
「やだ。わたし」
 思わず言ってしまい、また雅野は恥ずかしく思ってしまったのだが、信大はほほ笑んだまま雅野を見ていた。



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