副社長とわたし わたしの総務課長様 13

わたしの総務課長様

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13


「瑞穂ちゃんの彼って、あの人だったんだね」

 そう言った谷崎さんの表情はいつもの谷崎さんと変わりはなかった。ただ、谷崎さんはエレ
ベーターホールから動こうとはしなかった。

「瑞穂ちゃん、この前から指輪しているよね。あの人なんだ。総務の常盤課長」
 わたしは答えられなかった。そうだと答えればよかったのに谷崎さんはじっとわたしを見ている。

「参ったな」
 視線がはずれた。谷崎さんは片手を頭へやって自分の髪を無造作になでた。
「東京への出張が決まった時から、もし瑞穂ちゃんがまだ結婚していなかったら申し込もうって思っていた。望みはまだ残っているかと思っていたんだけど」

「課長、わたしは」
「そうだよね。この前から瑞穂ちゃんが指輪しているのに気がついてわかっていたんだけど、またタイミングが悪かったっていうわけだ。本社に異動になる前の、あの時だって」
 あの時。
 一度だけドライブした、あの時。

「谷崎さん」
「常盤さん、だよね」
 谷崎さんがもう一度尋ねた。
「はい。そうです」

 今度こそわたしははっきりとそう言った。

「……そうか。言ってくれてありがとう。瑞穂ちゃんから聞けて良かったよ。じゃあ、営業所には寄らずに帰るよ。また来週」
「課長」
 もう谷崎さんはエレベーターのボタンを押していた。エレベーターへ乗った谷崎さんのわたしを見た顔。
 それは……。







 わたしは仕事を終えると最上階の直通エレベーターの前で待っているとメールしておいた。孝一郎さんが最上階に来たら一緒に乗るつもりで。
 でも、彼はその直通エレベーターに乗って上がってきた。ランプが点灯してエレベーターが上がってくるのに気がついて、もしかしたら孝一郎さんかと思った。彼は先に車を置いてある地下の駐車場まで降りて、それから上がって来ていた。

 開いたエレベーターの扉。
 そこにいるのが孝一郎さんだと思う前にわたしは彼に抱きついた。なにも言わずわたしを抱きとめて顔を下げる孝一郎さん。唇が触れ合いながら孝一郎さんがエレベーターの扉を閉じた。

「マンションへ連れて行って」
「瑞穂」
「荷物は明日でもいいでしょう?」

 ……お願い、と心の中で言う。


 お願い。
 わたしを連れて行って。

 わたしを連れて行って離さないで。
 どんな時でもわたしのそばにいて。

 お願いだから……。






 孝一郎さんの唇がわたしの耳に触れる。
 かすかなその感覚にわたしは目を開けた。

 谷崎さんのことも金田さんのことも話してわたしはじっと孝一郎さんの胸に抱かれていた。彼の胸にもたれて力が抜けてしまっていた。

 谷崎さんのことを聞いても孝一郎さんは静かにわたしを抱いていた。そしてなにも言わなかった。わたしたちはそうしてじっと寄り添っていた。

 ときどき孝一郎さんの手がわたしの肩や背をなでる。ゆっくりとあたたかい手になでられている。
「孝一郎……」
 目を開ければ孝一郎さんの顔がある。わたしを見ている彼の瞳。

 ただこうしていたくて。
 彼がそうしていてくれて。

 わたしが眠ってしまうまで孝一郎さんはなにも言わなかった。お休みと言う代わりにやさしく
キスをして、そしてわたしたちは眠った。



 谷崎さんが関東営業所ではなく九州の営業所へ所長として異動になると聞いたのは次の週になってからだった。


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