クリスマスケーキ・イブ
クリスマスケーキ・イブ
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クリスマスケーキは赤と白。
赤いイチゴに白いクリーム。
そんな定番のケーキを店の前に出したテーブルで売る。けれどもこの寒いのに赤いサンタ服はおねーさんサンタ用のミニスカート。ケーキよりも道行く人たちの目を引きそうな、ありえない服。
「店長、ほんとにこれ、着なきゃダメですか……」
「そうですよ。そのために足のきれいな人にお願いするんですから。さあ、がんばって」
にっこりと笑った店長の言葉とともに店の外へ出されてしまったわたし。すでに暗くなっているイブの町はなんとなく楽しげにきらめいている。
でも、この時間の外気はどんどん冷えてきている。あーん、ブーツをはいていても足が寒い。赤いサンタ服の中にめいっぱい重ね着しているのに寒くてたまらない。これで夜の8時まで3時間もつのだろうか。
お店の前にテーブルを置いてケーキを売るなんてクリスマスイブのこの日だけ。やっぱり24日が一番売れるんだって。
落ち着いた雰囲気のこのケーキ店は電車の駅のほど近くという立地の良さだけではなく、ケーキ職人である店長が作るケーキが1年を通して常に人気。雑誌やテレビの取材はいっさい受けないそうだけどクチコミでお客が来るという店。
でもケーキもさることながら、肩までの長い髪をうしろで束ね、白い菓子職人の服に黒いズボン、腰に白いエプロンを巻いた店長は密かに人気がある。まだ若いのにお店を持って、しかも職人風な端正な風貌の店長。その店長に「足がきれいな人にお願いしますよ」と言われたら断れっこない。
こんなサンタの格好でケーキを売らせなくてもこのお店のケーキは売れるのにって思うけれど。
ガラス越しに見えるお店の中には窓際にかけられた深紅の薔薇に渋い金色のリボンが飾られたシックなリース。店内の真ん中には本物のモミの木のツリー。そしてその横には予約のお客様へ自らケーキを渡す店長の姿が見える。明るい店内で白い服を着た店長は絵のように素敵だ。
店長のそばで働けるだけで幸せ。
そう思っていたのに、今日はわたしひとりが寒い外。同じお店で働いているのに、どんなに好きでもそばに近づけない。わたしそのものみたいな状況……。
そんなことを思っていたら店長がこっちを見ていて慌てて前を向いた。いけない、いけない。 しっかり働かなきゃ。
「ここのケーキが買えるなんてラッキー! イブだから無理だと思ってたの」
「あ、りがとう、ございました」
しっかり言っているつもりなのに声が震えている。精一杯の感謝とクリスマスのハッピーな気持ちをお客様に伝えたいのに、寒くて。
それでもさすが、どんどん売れていく。お客様が喜んで買っていくのはわたしもうれしい。だって店長が心をこめて作ったケーキだから。
ケーキは残りあと1個。それが売れればわたしの外での仕事も終わるはず。そう思っていたら後ろからひょいと手が伸びてきて残っていたケーキの箱をつかんだ。
「えっ? あっ?」
「はい、ご苦労様。もうあがっていいよ」
店長!
「寒かったでしょ。さあ、あがって」
「お疲れ様でした。お先にね」
「あ、お疲れ様でした」
白いポンポンのついた赤い三角帽子を取りながら店へ入ると着替えた店員の同僚たちが次々に足早に店の裏口から出ていく。みんなデートか、それともパーティーか。
「さ、あとは店を閉めるだけだから着替えて。お疲れ様」
店長に言われて、でもロッカールームのドアノブが開けられない。寒さで指がかじかんで。
「開けましょうか?」
となりでそう言われて心臓の鼓動が跳ね上がる。ドアを開けた店長がドアノブへ手をかけたまま振り返った。
「まだ寒いですか?」
「さ、寒いです」
だって、ずーっと外にいたんですよ。ミニスカートでっ!
「それなら温めてさせてもらってもいいですか」
……え?
「ごめんなさい。まだ寒い?」
「寒い、です」
素肌の腕に引き寄せられてそれが嘘だと彼にわかってしまう。
彼の手が下がっていってするっと太ももがなでられる。
「もうあたたまっているみたいですけど?」
「店長!」
「店じゃないんだから。店長はよして」
「だっ……て」
もうわたしは赤いサンタ服を着ていなかった。店長の白い菓子職人の服も今はソファーの上。熱いお風呂に入って連れてこられたベッドは夢のようにあたたかかった。
「ほんとに……ほんとに寒かったんですからね。どうしてイブに……あんな仕事」
わたしの声が途切れてしまうのは店長の手が動くから。ケーキ職人の店長の手。
「イブでもなければあんな服をあなたに着せることはできないでしょう?」
「それって……!」
わたしの体が両手で引き上げられて枕の重なりへ降ろされた。
「店長……」
店長が身を乗り出してサイドテーブルへ手を伸ばした。そこにはあの、ひとつ残っていたケーキ。チョコレートのスポンジの上に白いクリームとほんの少しのチョコクリームを大理石のような模様にした店長お得意で独特のデコレーション。よくあるクリスマスケーキのイチゴとは違う丸くて小粒な真っ赤なイチゴが宝石のように散らされている。
「おわびに、これ」
「んっ……」
店長の指がわたしの唇に触れる。甘いクリームとともに。
「ケーキ屋ってのはイブは座る暇もない、忙しくて。でも今夜は最高だった。あなたのきれいな足を見ながら仕事ができて」
「もう、もう嫌です。来年またやれって言われても……絶対に……」
「来年? やらせるわけがない。好きな人の足はもう誰にも見せたくない」
笑いながらキスをされて。
唇についたクリームを舐め取られて。
ああ、これは夢じゃないよね。
こんなイブになるなんて。
赤く色づいたわたしの胸の先端が店長の唇にころがされる。
熱くなっている体の中に感じる店長の指。長くてケーキ職人らしい店長の指がわたしを溶かしていく。固いふくらみに触れられて押すように揉まれると体が縮むように跳ね上がった。
「イチゴ、見つけた」
やさしく、でも意地悪めいてそう言う店長。
「あなたは僕のスペシャリテですよ」
もうそんな言葉もよく聞こえない……。
それはそれはケーキのようなイブ。
2009.12.21 ブログに掲載 2010.12.13 加筆再掲載 ブログよりエロ度ちょっと増しに。甘くお菓子のように。
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