クリスマスケーキ・イブ
クリスマスケーキ・イブ
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クリスマスケーキは赤と白。
赤いイチゴに白いクリーム。
そんな定番のケーキを夕方から店の前に出したテーブルで売る。けれどもこの寒いのにミニスカートの赤いサンタ服を着て、と言われてわたしはそのバイトを断ってしまった。
道理で時給がいいと思った。そんな人寄せパンダみたいなこと、絶対に嫌だ。セクハラものですよ、それって。
おかげでぽっかりと空いたイブの夜。
ああ、嫌なバイトでもたった数時間のことだからやればよかったのかも。そしたらなにかいいこともあったのかも。いいことはなくてもバイト代は手に入るし。
「なんだ、バイトじゃなかったのか?」
「やめたんだ。ミニスカートはいてケーキ売る仕事だったから」
もう付き合って3年という彼はクリスマスを一緒に、なんて言う男じゃない。結構デキる男のわりに出歩くのにはマメじゃない。今夜も電話したら部屋にいた。
「ミニスカ。だったら俺も見てみたかった」
「若いおねーちゃんの、でしょ?」
わたしはもう28。クリスマスはおろか年末的な年齢なのだ。ミニスカートなんてはいてらんない。
「おまえ、今夜はバイトだって言ってたから。明日、電話するつもりだった」
「え? どして?」
「クリスマスだからだよ」
「えーっ」
「えー、はないだろう」
「だってそういうこと、興味ないって最初にはっきりそう言ったじゃない。浮かれているようなクリスマスは好きじゃないって」
「おまえだってそう言ったじゃないか。明日電話しようと思っていたのは用があったからだよ。でもおまえが来てくれたから今夜言う」
「なにを?」
「手を出して」
?
彼はソファーの後ろのテーブルに置いてあったものを取った。10センチくらいのちっちゃなツリー。そんなものが彼の部屋にあるなんて今の今まで気がつかなかった。そのツリーのてっぺんに輝いている小さな光。でもそれは星じゃなくて……。
彼はその小さな光をつまみあげるとわたしの左手を取った。
「俺と結婚してもらえませんか」
……星のように輝くダイヤモンド。
そのリングを持ったまま彼はわたしの顔を見ながら待っている。
「わ……、なんで……、って……」
「頼む。わかるように答えてくれ」
指に指輪を通そうと待っている彼を前にしてもわたしは信じられなかった。
聞きわけのいい、いつもわかったふうな女。
甘ったれた女だと思われたくなくて。
でもクリスマスやバレンタインデーや誕生日を一緒に過ごして欲しかった。そういうことに熱くなれないのが男というものだとわかっていたけれど。彼がそういう男だってわかっていたけれど。
「それはうれし涙? 悔し涙?」
「悔し涙に決まってるでしょ! あなたみたいな男につかまるなんて。イブだってクリスマスだって一緒に過ごそうなんて言ってくれたことなかったのに!」
「結婚したらどうせずっと一緒にいるんだからいいじゃないか」
「そこが女心がわからないって言うのよ!」
くすくすと彼が笑いだす。
「やっぱり。クリスマス、一緒にいて欲しかったんだ。なのにバイト入れたりして。素直じゃないなあ」
「自分に素直過ぎる人も怖いわ」
「まだ答えを聞かせてくれないの?」
するりと指輪がわたしの指にはめられる。わたしはまだ答えてないのに。
指輪のはめられた左手の薬指。
その指を彼が手を添えてかざす。
夜空に輝く星が現れたようにわたしの指に輝く星。
聖夜に輝く星だから。
その星はわたしの指に輝き続けるはず。
……そう信じてもいいよね。
お・わ・り
2009.12.23 ブログに掲載 2010.12.13 再掲載 思わぬ幸せな星の輝くイブだから。
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