副社長とわたし 19

副社長とわたし

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19


「わがままです……」
 常盤さんの顔が離れて、でも彼の目はその答えを予想していたかのようにわたしを見ている。
「わがままです。そうやってわたしに答えさせるところが……」

 常盤さんがかがみこんできたと思ったら、ふわっと体が浮き上がった。
「あっ? えっ?」
「動かないで」
 きゃーっ、待って下さい。わたしはお世辞にも華奢でスレンダーな体だとは言えないのに。それなのに抱き上げるだなんて、これは夢のようだというよりはあんまりです。それに常盤さん、わたしを降ろす時に息、詰めていましたよね。力、入って。
「どうして……」
「大丈夫。重くなかったから」
 そのことは言わなくていいから。
「常盤さんはどうして」
「孝一郎」
「……孝一郎さんはどうして、そうやってわたしを驚かせるようなことばっかりするんですか?」
 孝一郎さんは答えずに、でもわたしの体に彼の重みがかかってわたしは完全にベッドへ押しつけられた。
「わたしを驚かせて、冗談みたいにしているくせに、でも、本当は……、っん……」


 ベッドの上から服が床へ落とされていく。
 彼の手が胸をなでるたびに自分の胸の先が固くなっているのが感じられる。彼の手のひらの下でころがされるようにされて、そこにキスをされて。
 キスが唇へ移って彼の片手がゆっくりとわたしの体をさぐりながら足のあいだへ辿り着く。彼の指がそこを開くのを感じて体が震えた。
「やっ……っ」
 孝一郎さんの指が動いて隠されていたものが探り当てられてしまう。身をよじるようにして動いてしまっても彼の指は離れない。
「あっ、あっ……」
 思わず彼の腕をつかんでしまう。他につかめるものなどないから。
「いいよ、瑞穂。我慢しないで」
 我慢なんてしていない。逃げ場のないわたしはそうするしかない。身動きできないのにわたしの体は無意識に動いてしまう。
「僕のために感じて」
 また指が動いてすべるようになでられると体がびくつく。

「……っい、や……わたし、だけ、なんて」
「瑞穂だけじゃない」
 体を起して準備をした孝一郎さんがわたしへ入りこむ。待っていた感覚、押し寄せてくる感覚に、ただもうそれを待つだけ。
「瑞穂が感じれば僕も感じる。だから……」

 孝一郎さんはもうそれ以上言ってくれなかった。荒くなっていく彼の息に、わたしはどうすることもできないまますべてをまかせてしまった。




「どうしたの……」
 彼がわたしの肩にキスをする。
 彼の胸の中でぐったりと顔も上げられなかった。体に力が入らない。わたしはなにもできなかったというのに……。
「動けない……」
「動かなくていいよ。このままでいよう」
「でも……、帰らないと……」
 彼の胸が少し離れて、わたしの顔を上げさせるようにして顔をのぞきこまれた。
「本気? とても恋人の言う言葉とは思えないけど。僕は瑞穂がこのままここに住んでくれてもいいと思っているのに」
 えっ? 住む? 住むって。

「瑞穂がいいのなら、僕と一緒にここに住んで欲しい」
 驚いて顔を上げたら孝一郎さんが笑った。
「すごくびっくりした顔だね。最近驚かなくなったと思っていたのに」
「だって、あの、それはですね」
 こんなこと言われて驚かない人がいたら会ってみたい。これってものすごいことだよ?
「瑞穂は僕のことを好きじゃないの? あんなにかわいい声を上げていたのに」
 いえ、それは、あなたが。……そうじゃなくて。
「でも、あの」

「住所を変えるわけにはいかないし……。会社からはアパートに住むってことで住宅手当を
もらっているから」
「アパートの部屋はそのまま借りておいたら。ここには僕が一緒に住んで欲しいと言っているのだから家賃なんていらないよ」
 それって、すごーくお金持ち発言なんですけど。こんなマンション、ぽんと買っちゃって。おまけにここに一緒に住もうだなんて。

「あきれてる? そうだね。瑞穂には唐突なことはダメだって僕は自分で言っていたのにね」
 そう言う孝一郎さんはどこか自嘲気味な口調だった。
 彼のベッドで、わたしたちはお互いに裸で、今も肌が触れている。
 だけど……。

「ごめんなさい……」
 わたしは両親や会社に内緒でここへ住むことはできそうにない。
「わたし、小心者と思われてもやっぱりここには住めないです。すみません。でも、あの、泊っていいのなら。泊ってもいいですか?」
「うん。今日はもちろん、いつでもどうぞ。あとで鍵を渡すから」
 くすくすと孝一郎さんが笑いだす。え、どうして?
「そういう真面目なところは瑞穂らしいなと思って。でも、帰るなんて言うからだ。この前のホテルでも泊まらずに帰られてしまったから。これで瑞穂の譲歩を引きだすのに成功したかな?」

 えーっ!
 さ、作戦?……


「孝一郎さん!」
「おっと」
 もがいて体を離そうとしたわたしは逆に孝一郎さんに抱きすくめられてしまった。もともと彼の胸に抱かれていたから彼にとってそれはたやすいことで。腕を突っ張ったくらいじゃ離れない。
「離して!」
 この人、絶対腹黒だ。そうじゃないかと思っていたけど。
「離して。離してったら!」
「だめ。離したくない。少なくとも明日の僕の誕生日まではここにいて」

 もがいていたわたしをぴたりと動くのをやめさせたこのひと言。
「いま、誰の、誰の誕生日だと言いました?」
「僕」
「えーっ」
「明日、十二月五日は僕の誕生日。知らなかったでしょう。瑞穂はそういうことを聞かないものね。恋人なら聞いて欲しいなあ」
「恋人って! まだそうなって数えるほどしか、……いえ、そうじゃなくてですね、どうしてそういうことを先に言ってくれないんですか!」
「こういうことって自分から言うものじゃないでしょう? 誕生日、おめでとう。わあ、覚えていてくれたんだ、うれしいよ。恋人ならこういう会話でなくちゃ」
「だから、それは……!」
 わたしが孝一郎さんの胸をたたこうとしたら、この人がひどく楽しそうな顔をしているのに気がついた。また、わたしはこの人に乗せられている?

「……孝一郎さん」
「はい」
「なにかたくらんでいますか? もしかして」
「人聞きの悪い」
「ふたりっきりで何言ってるんですか! お祝いして欲しかったら素直に言いなさい。言い方が素直じゃありません」
「…………え?」
「わたしだって言ってもらったらちゃんとそのつもりでいたのに。明日はお祝いしましょう。ところで何歳になったんですか」
「三十だけど……」
「じゃあ少し早いけど、三十代の初めてのお誕生日おめでとうございます。わたしより三歳先輩ですね。これからもよろしくお願いします。わっ……!」
 孝一郎さんがまたキスをしてきた。笑いながら。
「ありがとう、瑞穂。瑞穂にはかなわない。かなわないよ」
「離してー、んんんんんっ、」

 孝一郎さんが何度もキスをして、やがてそれは絡むようなキスに変わっていった。こんな会話をしても裸で抱き合っていたら、わたしが勝てっこないのに。
 この時の孝一郎さんは仕事のことなど忘れていたに違いない。


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