副社長とわたし 3
副社長とわたし
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3
向き直ったその人は言葉使いとは裏腹に若かった。たぶんわたしより少し年上くらい。
若かったけれど、その雰囲気、なんかこう重役クラスの人だとすぐにわかるものだった。三つ揃いのスーツを着ている。髪も長めでまるで女の人のような顔なのに、三つ揃いのスーツが似合っている。
明るくなった会議室は円形に重厚な会議用テーブルがぐるりと置かれていた。末席のこちら側に座ってプロジェクターの映像を見ていたこの人は座ったまま足を組んでわたしを見ている。まるでドラマのワンシーンのように。
「誰?」
三つ揃いの美形がまた尋ねた。わたしは完全に見とれていたから。
「あっ、あの、トーセイ飼料のものです。会議室のテーブルと椅子をお借りしようと来たのですが」
「トーセイシリョウ?」
その男性に聞き返された。
「総務には許可をいただいていますので。でもご使用中に申し訳ありませんでした。後ほどまた来ます。失礼しました」
「いや、待って。私はもう終わったから。でも、この机を運ぶと、そう言った?」
え、と一瞬声が出なかった。それは男性が言ったここの机というのが大きくて重厚でとてもわたしが運べるものではないことに気がついたからではなく、立ち上がった三つ揃いの美形が背も高くて、まるでそれは……、うっわー……。
「ここは重役用の会議室だよ。それはわかっている?」
えっ! 重役用? 会議室に重役用があったなんて、そんなの初めて知った。ていうか初めて見た。
「君! なにをしているんだね」
不意に後ろから大きな声をかけられて、びっくりして振り向くと厳しい顔つきの男性がつかつかとわたしへ近寄ってきた。
「なにをしているんだ? 君はどこの人だ?」
この会社の女性社員の制服を着ていないわたしを見て男が詰め寄る。
「あ、あの……」
「どうしてここへ入った? なんの用だ?」
「わたしはトーセイ飼料の社員です。このたびこちらのビルでお世話になります。それで……」
「トーセイ?」
この男の人もトーセイ飼料を知らなかった。こわいような厳しい顔で怒っているようだった。
「トーセイでもなんでも勝手に入ってはいかん。出なさい」
「勝手にって!」
わたしはたまらず言った。
「勝手に入ってなどいません。総務に許可ももらいました。机と椅子を借りにきただけです」
なんなのだろう。この人。
まるでトーセイ飼料のことなど知らないというふうで。もちろんこの会社の社員だからって三人だけのトーセイ飼料がここへ引っ越してくるなんて知らない人のほうが多いだろう。でも、でも。
なんだか失礼なこの会社の人たち。まるで地方の小さな会社を馬鹿にしているみたいな冷たいものの言い方や態度。その冷たさそのままで厳しい男の人はさらに厳しい声で言った。
「とにかくここは君のような人が来るところじゃない。出て行きなさい」
君のような人。
確かにそう言われても仕方がないかもしれない。でもそんな言い方は初めてされた。
「でも椅子を」
思わず言ってしまった。当座のものでも椅子がなければ仕事ができない。
「椅子のことはここではない。総務で聞き直したまえ」
えっ、またあの総務で……?
「……東京の人たちって皆さん、そうなんですか?」
「うちは明研製薬の子会社とも言えない小さな会社です。この会社の人たちから見たらハシにも棒にも引っかからないような三人だけの営業所です。でも、だからって失礼じゃないですか」
わたしは声が大きくならないようにするのがやっとだった。
「まるで勝手に入り込んだ部外者だとでもいうように。あなたがたにとっては部外者みたいなものかもしれませんが、でも、わたしたちは仕事をするために来ているんです」
「なにを言っているんだね、君は! とにかくここから出るんだ。言っていることがわからないのなら」
「待て。稲葉」
それまで黙ってわたしたちのやり取りを聞いていた三つ揃いの美形が言った。ぴたりと厳しい人の叱責がやんだ。
「明研製薬の社員だったんだね」
「明研製薬の社員ではありません。関連会社のトーセイ飼料の社員です」
「失礼、トーセイ飼料さん。ところでなにか不都合があったようだが、どういうことか話してもらえないだろうか」
稲葉という人がなにかを言おうとしたが、この人が手で制した。この人のほうが若いのに明らかに上司だ。
わたしは机と椅子が足りないことを話した。重役らしいこの人に総務の対応のことを言うと告げ口みたいになると思えたから、それは事実だけを言った。
「どうやら中古の机はふたつしかなかったみたいです」
「…………」
それを聞いた男の人は黙っていたが、やがて立ち上がった。
「うちの総務ともあろうものが。すぐに改善させよう。トーセイ飼料さんの部屋を見に行く。いや、それよりもグループ内の会社のことを私が知らなかったとは、あまりに失礼だった。すぐにトーセイ飼料さんの部屋を用意させよう。稲葉」
「はい」
「上の部屋を使ってもらおう。トーセイ飼料さんの机を用意するように」
「ですが、副社長」
えっ!
驚いて声が出そうになった。この人、今、副社長って……。
「そのほかの荷物も運ばせる。電話の設置の手配もするように」
副社長と呼ばれたその人が稲葉という人にあれこれと言いつけている。それを見ながらわたしはわけがわからないままだった。
「あの……」
どういうことなのか聞こうとしたらくるりと三つ揃い美形が振り向いた。ほほ笑んだ表情は美しいと言っていいほどきれいだった。
「私は三光製薬の常盤です。あなたは?」
「えっ? あ、あの、この会社の副社長さん、ですか」
「そうです。副社長の常盤孝一郎です。お名前は?」
わたしの社会人としての常識がかろうじて返事をさせる。
「トーセイ飼料関東営業所の、事務の山本瑞穂です」
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