副社長とわたし 奥様、お手をどうぞ 7

奥様、お手をどうぞ

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「もう二度としない」
 孝一郎さんのきっぱりと言った声にこっちのほうが驚いた。

 賀川さんとハグなんてしないで。
 あれはただの挨拶。わかっていたはずなのに言ってしまった。
 胸の奥にくすぶる感情を見て見ぬふりをしていたかったのに、こんなこと言いたくなかったのに、孝一郎さんはわたしに白状させる。できるならもう手を放して欲しいのに、孝一郎さんの手はわたしの頬へ当てられたままだ。
「瑞穂が嫌なら二度としない。昨日、瑞穂にハグを見られたとき、悪いけど俺も気がついた」
 孝一郎さんが申し訳なさそうに言った。
「瑞穂、びっくりした顔してたね。帰ったら謝ろうって思っていたけれど、家では瑞穂はなにも言わなかった」
 それって、あのときのわたしは考えていることが顔に出まくりだったってことですか!?
「仕事なんだから、あれは単なる挨拶なのだから、いちいち言わないでおこうって考えていたんじゃないの?」
 その通りです、とは言えなくて代わりに頬が熱くなった。
「そういうふうに考えて、いつも通りに家のことをしてくれる瑞穂の奥さん振り、すごくかわいかった。わかっている? ゆうべの瑞穂はすごくかわいくて、こっちはたまらなかったんだよ、奥さん」
 え、え?
 孝一郎さん、言っていることがなんだかすごーく甘いんですけど……。
 目の前に孝一郎さんの顔が近づいた。
「瑞穂はまじめでしっかりしているから、いい奥さんになろうって考えるんだろうけど」
「そんな、わたし、しっかりなんてしてない。家事だって」
 ふっと軽く唇が触れた。
「瑞穂が目指しているのはすべてに非の打ちどころのない奥さんなの? だったらそれはあきらめて。そんな奥さんは俺にはうれしくない」
「え……」
「嫉妬してくれたんでしょう?」

 ……そう、嫉妬していた。
 親しげにハグする賀川さんに。すごく仕事ができそうで、きれいで、自信がある賀川さんに。
「俺としたら瑞穂に嫉妬してもらえたほうがうれしいけどね。瑞穂が自分の中に納めてしまって物分かりよくしているのもいいけれど、でも俺はありのままの瑞穂のほうがいい」
 孝一郎さんの顔が離れずにじっとわたしを見ている。
「孝一郎さん、それじゃわたしに焼き餅焼けって言っているみたい……」
 焼く餅がいくつあっても足りないよ。ついそんなことを言ってしまいそうになったのに孝一郎さんのわたしを見る表情は変わらなかった。きれいで、そしてきれいなだけじゃない顔だった。
「本当は嫌だった。孝一郎さんとほかの女の人がハグ、するなんて」
 言い終わらないうちにわたしの唇が震えてしまう。
「わたしの旦那様なのに。孝一郎はわたしの……」
「瑞穂」
 うつむいてしまいそうになるわたしに唇が押し付けられて、なにも言えなくなった。唇を開かれ、涙ごと吸いこまれるようにキスが続けられる。やさしく何度も舌を絡められて息が途切れていくけれど、とてつもなく甘いキスが続けられる。
「……あ」
 やっと唇が離されて、体から力が抜けていくように声が出てしまった。支えるようにわたしを抱いている孝一郎さんの顔がほほ笑んでいる。
「俺には瑞穂だけだ。瑞穂が妬く必要なんてないんだってこと、わからせてあげるよ」
 わからせるって……。
 彼の言葉の意味するものにわたしの体の奥が震えた。


 ベッドへ横たえられてからも繰り返しキスをされて唇が濡れていく。唇から頬へ、首筋へと一瞬も離れない唇がわたしの思考を奪っていく。
「は、あっ……」
 唇がつけられたまま声が出てしまうと、やっと孝一郎さんが顔を上げた。あおむけのわたしを起こすとブラウスのボタンを丁寧にはずしていく。服を脱がされながら、ときどき彼の指がわたしの肌に触れる。それだけで触れられたところが熱く感じる。
 でもまだお風呂にも入ってない。
「あの、孝一郎、わたしまだお風呂に」
 でも孝一郎さんは黙って作業をしている。するっとスカートが脱がされてしまうとくるりと体が回された。
「そこは……っ!」
 孝一郎さんの指が背中に触れただけでびくっと体がびくついてしまった。
 わたしは背中が弱い。背中はだめだって孝一郎さんは知っているのにブラのホックをはずしながら唇が触れてくる。くすぐるだけじゃない明確な意図を持った唇と指に背中を這われて、体がもがいてしまう。
「い……いや、そこは」
 体をよじるようにしても孝一郎さんの手がわたしを逃してくれない。彼の唇が背骨の上をなぞってだんだんと下がっていく。
「こっ、孝一郎さん!」
「孝一郎でしょ」
 そう言って後ろにいる孝一郎さんがくすっと笑ったのがわかった。
「瑞穂はすぐにさん付けに戻るね。気がついてなかった?」
 そうだった。でもこんなときにそんなこと言われても。
 両脇から前へ回された孝一郎さんの手がゆっくりとわたしの胸を揉み始めて、少しばかり残っていた余裕さえも奪っていく。
「瑞穂の中では俺は“孝一郎さん”なんだね。それはかまわないよ。でも」
 なでるようにウエストへ降りていった両手にするっとショーツが下げられた。上半身が押されて前のめりでベッドへ倒されてしまう。むき出しにされたお尻が見られていて、思わず体の向きを変えようとしたけれど、できなかった。
「瑞穂にも俺だけだ」
 ささやかれてまた背中へ唇がつけられてきた。孝一郎さんの指がなでるようにお尻の丸みからその下のほうへと入り込んできて柔らかな襞を左右に開く。差し込まれた指が触れたところが滑りそうなほどに潤んでいる。

 暗い部屋の中なのにわたしは恥ずかしさでたまらなくなる。自分の体からとめどなく水音が溢れ出て、体の内側がどんどん高まっていく。恥ずかしいのに、小さな濡れた音をたてて動く孝一郎さんの指にわたしの足はさらに否応なく開いてしまう。
「あ……っ」
 新たな感覚に驚いて声を上げてしまった。引き戻されるように腰を持ち上げられると、彼がわたしの体の隙間を押し開いていた。以前は後ろからっていうのがきつかったのに自分でも驚くくらいすんなりと彼を迎え入れてしまった。彼が滑るように奥まで入ったのは、なにもつけてないからじゃなくて、わたしが……。
「は……、あ……」
 息を吐くだけでわたしの中で水音がしそうだった。隙間なく占められて、彼を包む自分の中でとくとくと脈動が響くたびに熱く潤みが増していくのが彼にも伝わっているはず。それなのに彼は動かない。崩れる寸前の熱く溶けだす緊張で彼を感じている。もう、これ以上は。
「愛している」
「うっ、うん……」
 途切れ途切れにそう答えるのが精いっぱい。孝一郎さんの体がかがみこんできて、覆われるように体が動き始めた。
「瑞穂だけだ」
 耳元に聞こえたのはどこかかすれたような彼の声だった。孝一郎さんが体を揺らしながら何度も繰り返すささやきが伝わってきて、動き以上にわたしの体の一番深いところを突き崩していく。わたしを熱く溶かしながら、なおも。
 溢れてしまう。わたしの中でなにかが。なにかが溢れてしまう――。



 そっと肩を持ち上げられたのを感じてやっと薄く目を開くことができた。すべての力が抜けて孝一郎さんの胸に抱かれていた。
「風呂に入ろう」
 そう言われて体を離そうとしたけれど、もう抱き上げられて運ばれていた。わたしにできるのは
じっとしていることだけ。
 温かいお湯に浸されて、でも抱かれたままっていうのがどうにも恥ずかしい。今さら恥ずかしがっても遅いかもしれないけれど、わたしの体には胸や太ももにうっすらと赤くなっているところがあって、孝一郎さんに愛された感覚がまだ残っている。孝一郎さんはそんなわたしの体をゆっくりとなでていた。あんなにもわたしを乱した激しさが嘘のようにやさしい手つきで。もう泣きたい気分だ。
「孝一郎のばか……」
 彼の胸に頭をつけてしまった。
「そう、馬鹿だね」
 孝一郎さんは胸にわたしを引き寄せて柔らかく肩をなでた。
「瑞穂にこんな思いをさせてしまって。自分が馬鹿すぎてあきれる。でも賀川さんがなんと思っていても俺をどうこうすることはできないよ。そうなるつもりもない。だってこんなにも瑞穂が好きなんだ。瑞穂といると楽しい。仕事が忙しくても帰ってきて瑞穂の顔を見ると安心できる。俺には瑞穂がいてくれるのがいいんだ」
 孝一郎さん……。
 孝一郎さんの言葉がじんわりとわたしの心に沁み込むようだった。お湯とともになでてくれている温かさのように。
 三光製薬の社長の跡取りというバックグラウンドを持ち、副社長だった孝一郎さんにはやはり
御曹司然とした雰囲気がある。生まれ持った容姿も人目をそばだたせる。その彼がごく当たり前にわたしがいいと言う。今まで何度もそう言ってくれている。それなのに、わたしは……。
「どうして泣くの」
 そっと孝一郎さんの指がわたしの頬をぬぐった。
「怒りたいときは怒って。俺もちゃんと怒られるから。そのほうが瑞穂らしいよ」
 温かいバスルームの中に孝一郎さんの声がこもるように響いている。お湯の中で寄り添って触れ合う素肌がこの上なく気持ちいい。
 孝一郎さんはこんなふうに、ときには強引になにもかもを取っ払ってしまえる人なんだね……。
「わたしも愛してる。孝一郎が好き」
 本当に、心から。
「ずっとこうしていたい……」

「それが聞けてうれしいよ」
 満足げに言う孝一郎さんにわたしが目を閉じて寄りかかったときだった。
「そういうことなら、もう一回する?」
「……は、い?」
 顔を上げたら孝一郎さんの顔が見おろして笑っている。
 ひょっとして、わたしは言ってはいけないことを口にしてしまった……とか?
「今夜の瑞穂、最高にそそられる。いまだって」
 そう言って孝一郎さんがわたしの体を見た。さっきから裸で抱かれたままで、慌てて体を引き離そうとしたけれど無駄な抵抗だった。するすると孝一郎さんの手がわたしを引き戻しにかかっている。逃げたいけど、でも腰が、腰が立たない。
「ま、待って。これ以上は」
「どうして?」
 どうしてって、さっきまでのあれは一体なんだったんですか!
「だって、だって、このところ毎晩続けてですよ。明日も仕事なのに」
「嫌なの?」
「え、その、嫌ってわけじゃ」
 あああ、なに言わせるんですか。
「じゃ、いいよね」
 にこり、と迫る孝一郎さんの顔。髪の濡れた孝一郎さんの顔は壮絶なまでに色っぽかった。でもまさかここで? このままで? って、いくらなんでもわたしには無理!
「ばっ、馬鹿、孝一郎のどスケベ!」
「どスケベ? そうさせているのは瑞穂でしょ。ひどいなあ」
「させてません! それにものには限度ってものがあるんです。スケベなのにも程があります!」
 弾かれたように孝一郎さんが笑いだした。なにがおかしいのか孝一郎さんは大笑いしている。その笑い顔がすてき過ぎるんですけど!
「はい、ごめんなさい。俺がスケベでした。まったく瑞穂にはかなわないなあ」
「えーっ……」
 もしかして、わざと?
 孝一郎さんがまたしてもわたしを怒らせることに成功したのだと、気づくのが遅かった……。


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