| 副社長とわたし わたしの総務課長様 11 
    わたしの総務課長様
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 11
   「孝一郎さん、こんなところで」
 「もう部屋の中だよ」
 
 ドアを開けて入ったところで捕まった。
 持っていたバッグが手からはずされ、抱きしめられたらもう抵抗不可能なのに。
 「…………」
 キスの音だけ。キスをしながらわたしをのけぞらせる。
 「お願い、シャワー」
 「瑞穂にお願い、と言われると逆らえない」
 孝一郎さんが顔を離した。
 「一緒に入る?」
 「いえ、いえ、いえ! 孝一郎さん、お先にどうぞ」
 「また遠慮して。まあ、いいか。またあとで一緒に入れば」
 そう言って孝一郎さんは上着を脱いでネクタイを引き抜いた。
 
 
 
 「瑞穂、おいで」
 わたしがシャワーを浴びて出てくると孝一郎さんがソファーから言った。半袖の白いTシャツとイージーパンツ姿で。
 「飲む?」
 ミネラルウォーターのペットボトルが開けられていた。孝一郎さんがグラスへ注いでくれたのを受け取ってひと口、口へ含む。
 「あの、孝一郎さん」
 ん? と言うように彼が顔を傾けた。同時に腕が体へ回ってきた。
 「聞いてもいいですか」
 「なに?」
 わたしの目の前には孝一郎さんの唇。
 でも、わたしはどうしても聞いておきたかった。
 「あの、真鍋さんの言っていた谷崎さんのことって、どういうことですか? 匂わせたって?」
 
 孝一郎さんが頭を抱え込んだ。ふーっと大きなため息をつくと額へ手を当てたままソファーへ寄りかかった。これって、脱力している?
 「瑞穂……」
 彼のあきれたような声。
 「だって、どういうことなのか気になる。わたしの知らないところで言われていたなんて」
 
 「あ」
 孝一郎さんに手を引っ張られた。体が倒れ、ソファーへ寄りかかった彼の体の上に乗せられた。
 「それを俺に言えと言うの」
 「え……」
 「聞きたいのなら話してもいいけど、それを聞くなら覚悟をしておいてね。ベッドで俺は自分に責任が持てなくなる」
 「えっ!」
 
 「冗談」
 冗談に聞こえないんですけど。
 「本当にこのねずみちゃんはとんでもないことを言うね。かなわない」
 顔が近づいて唇が触れた。笑っている。
 「妬いているのだと瑞穂に思われたくなくて必死で抑えていたのに。自分でもあんなことを考えるとは思ってもみなかったよ」
 「でも、孝一郎さんが、そんなこと」
 孝一郎さんの唇が頬に移ってしっかりと抱きしめられた。
 「そんなこと? 瑞穂があの男と歩いているだけで面白くなかった。トーセイ飼料の部屋で一緒に仕事をしているのだと考えるだけでたまらなくなった。こんなことを俺に考えさせたのは瑞穂だけだ」
 また唇が軽く触れて、そして離れた。でも孝一郎さんの顔はそんな言葉に似つかわしくないほど静かに見えた。
 
 「わたしは谷崎さんのことなんとも思っていない。そんなこと言うの、孝一郎さんらしくない。わたしのこと、好きにならせたくせに」
 
 好きにならせた。
 ………………
 
 
 
 
 彼が暗くしてくれた寝室の中。お互いに服を脱がせながら、脱ぎながらキスをする。何度もキスをしながら着ているものがなくなってわたしは思わず震えた。部屋の中は温かいのにそれ以上に自分の体が熱くなっていて。
孝一郎さんの絡め取られるようなキスでもっと体が熱くなる。 すっぽりと彼の腕に包まれて身動きできない。
 「瑞穂」
 名前を呼ばれてキスが離れた。わたしを腕に抱いたまま体を伸ばして孝一郎さんがサイド
 テーブルの引き出しから避妊具を取り出す。向き直った彼はやっぱり静かな笑顔だった。
 
 孝一郎……。
 
 ほほ笑んだまま、わたしの唇へ指をあてて彼がゆっくりとなぞる。
 「……孝一郎が好き」
 「うん」
 「……っ、大好きだから、だから」
 キスが言葉を封じる。でもそれは一瞬だけ。
 
 「言って。もっと」
 そう言いながら孝一郎さんの唇が首筋へ下がる。
 「孝一郎だけ……」
 胸にふれた彼の手に痛いくらいに固くなっている頂点が包まれて、もう一方が唇で吸い上げられる。
 「こんなに、好きになったの……」
 言うたびに彼のキスが移動する。そのひとつひとつが体の芯を震えさせる。
 
 「孝一郎だからだよ……」
 キスがだんだんと下がっていく。両足を開かれてキスがたどり着いたところが開かれる。
 「……あっ」
 もがいてしまった両足が広げられるように押さえられると孝一郎さんが顔を上げてささやいた。
 「もっと聞きたい」
 
 足を閉じようがないのに、濡れた音がするたびに何度も両足が動いてしまいそうになる。
 「孝一郎だから……」
 彼の舌が何度もわたしをなぞる。
 「好き……」
 押しつけるように吸い上げられる。開かれて、彼を感じているただ一点を。
 「す……き……」
 絶え間なく触れる彼の唇がわたしを追いあげる。でも、何度だって言う。何度でも。
 「愛してる……」
 
 
 
 
 「愛してる……」
 かすれたような瑞穂の言葉。聞きながら体を起こして瑞穂の中へ入り込む。見下ろす瑞穂の胸が上下して深い息をするたびに結びつきが深まる。
 「あ、い……、してる……」
 何度も繰り返す言葉がだんだんと途切れがちになる。その声を聞きたくて顔を近づける。
 「こう、いちろう……」
 小さな泣きそうな声。やっと聞こえるくらいの。
 「あい……し……」
 
 体を押しつけるように動くと、はあっと瑞穂の息が大きく引きつけられて体がしなるように反り返った。痛いくらいに強く俺の腕をつかんでいる。
 「……っ! あっ、あ……」
 もう言葉にならない瑞穂。
 
 最初の波が収まるのを待って抱き起こすと頬が上気して肩で息をしている瑞穂の耳元へ何度も吹き込む。瑞穂の体をやさしく揺すりながら、瑞穂が言ってくれた以上の言葉を。
 
 「瑞穂だけだ」
 瑞穂だから。
 「俺をこんなにするのは」
 だんだんと早くなる動きに息が荒くなる。それを聞かせるのは瑞穂だけ。
 「もっと俺を好きにならせる」
 もう答える余裕などない瑞穂。せつなげにまぶたを閉じて、それでもこくんとうなずく。目を開けられないまぶたへキスをする。
 「愛している。瑞穂だからだよ」
 何度も続く突き上げに声にならない声を上げて体を跳ねさせる瑞穂。瑞穂の締め付けに最後の緊張が解き放たれていく。
 
 
 
 
 
 孝一郎さんが「あとで一緒に入ろう」と言ったのに、わたしも孝一郎さんもお風呂には入れな
 かった。離れられないまま寄り添っていた。
 さっきまでの激しさがうそのように静まって、今は穏やかに上下する彼の胸。疲れてはいたけれど満ちたりているような静かな表情で目を閉じている彼がとなりにいる。
 
 それはわたしが本当に欲しかったもの。
 
 ……今日。
 昼休みに来てもらったときの彼の顔。シャツが汚れ、ネクタイもしていなくて険しい顔つきで。わたしが呼んだことにも不審げで。あんな孝一郎さん、初めて見た。
 
 彼が変わってしまうようで。
 
 ずっと彼が忙しさのあまり変わってしまったらどうしようかって思っていた。孝一郎さんが仕事に忙殺されていくようで。
 もう副社長ではなくなってしまった彼。それも仕方がないって思ってはいたけれど……。
 
 でも、彼はやっぱり常盤孝一郎だった。
 
 わたしの……
 孝一郎だった……。
 
 
 
 
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