副社長とわたし 21

副社長とわたし

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「総務課内の事務を担当グループ化する、グループリーダーを決めてグループ内の仕事を把握させ、なおかつ担当の柔軟化を図る。いままでの区分けよりもグループを多くしてより細かなグループ分けにするつもりです」
「課長のグループ分けは前回の打ち合わせよりも練られていると思いますが。副社長はいかが思われますか」
「良いと思います。今後、修正や改善点などがあったらその都度報告をしてください。部長は他の部署とも連絡を密に取ってください」
 何度かの協議と打ち合わせなどを経た後、総務部長と課長が改善計画を持ってきた。
「部長、配置転換の希望者はすでに考慮していると思いますが」
「はい。そのうえでのグループ化です」
「ではこれから年末の時期になりますが、円滑に進められるように柔軟な対応でお願いします」

 部屋にいた稲葉がドアを開け、副社長室から出ていく総務部長と総務課長のふたりの背を見送った。





「あの副社長の事だから、自分が全部やると言い出すと思っていました」
「総務の改革を気取ってそんなことをされても困る。だが副社長も自分でわかっているのだろう。自分が実績のないただの御曹司だと。まあ、こちらに任せてくれたのだからやらせてもらうさ」
「副社長の実績作りだったら営業部門でやってもらいたいですよ。そうしなかったのは何か理由でもあるのでは。部長はご存知ですか? 社長はあまり副社長を信頼していないようにお見受けしましたが」
「そうだな。私が見た限りでは仲が良いとは思えないな。いや、これは企業秘密だったかな? まあ、改善案は表向きだけやっておけばいい。急いで結果を出す必要は、ない」






「ね、瑞穂さん。クリスマスはどうするの?」
 金曜日の昼休みに給湯室で浅川さんから尋ねられた。
「どうって」
「うふふ、もちろんふたりっきりで過ごすでしょ? 聞いたわよ。この前、副社長がしていたネクタイ、瑞穂さんからのプレゼントですってね」
「浅川さんっ! それ、誰から」
「やーね、副社長からに決まっているじゃない。誕生日プレゼントだったんでしょ?」

 それはそうなんですけど。
 誕生日だという常盤さんになにかプレゼントしようと思って、でも急なことで思いつかなかったからなにがいいですかって聞いたら、ネクタイがいいかなあと言うので、 わたしは清水の舞台よりも高い東京タワーから飛び降りるような覚悟で常盤さんがいつも行くという紳士服のお店へ連れて行ってもらった。わたしが名前も聞いたことのないようなお店だったけれど、間違いなくブランドだった。そこでわたしが選んでプレゼントしたネクタイだった。
 でも、プレゼントだってこと、浅川さんに言うことないのに。あっ!
「まさか、秘書課の皆さんたちの前で? 食事会の時に言ったんですか」
「そんなことあるわけないじゃない。副社長がそのネクタイしていたのは月曜日で、食事会は火曜日だもの」
 そうよね。いくらなんでも、そこまでは……。
「大丈夫よ。副社長が瑞穂さんのことを話すのはわたしと稲葉にだけだから。わたしも稲葉も他の人には言わないもの。瑞穂さんにあんまり気詰まりな思いをさせたくないって、副社長なりにいろいろと考えていらっしゃるのだと思うわ」

 そう……かも。
 常盤さんはわたしたちのことはさりげなく浅川さんと稲葉さんへはオープンにして、ふたりには陰でいろいろ助けられている。
 稲葉さんは相変わらずにこりともしない。以前からきちんと挨拶は返してくれるけれど、それにしてもこの人が浅川さんの旦那さんだということがいまいち実感がない。でも稲葉さん、わたしに謝ってくれた。稲葉さんがそういう人だってわかって良かったと思う。 常盤さんは稲葉さんを信頼しているのだと思う。
 やっぱり島本さんが稲葉さんに話すきっかけくらい作ってあげても良かったかな……。


「あら?」
 先に立って給湯室を出た浅川さんが立ち止った。むこうのエレベーターの前に誰かいる。
 島本さんだった。総務の。

「なにかご用でしょうか」
 島本さんはちらちらとわたしを見ていたけれど、ここは社長室と副社長室のあるフロアだから秘書である浅川さんがそう問うのは当然だ。
「あ、あの、ふく、しゃちょう」
「副社長ですか?」
 浅川さんが問い直した。
「副社長は本日は出掛けていますが、ご用でしたら」
「あ! いいえ、そうじゃないんです! 副社長室の、前の、トーセイ飼料さんに」
 島本さん、明らかに狼狽している。
「浅川さん、うちにご用みたいです。島本さん、どうぞ。営業所でうかがいます」

 島本さんを営業所の部屋へ案内してドアを閉めた瞬間に島本さんはがっくりとうなだれた。 所長や三上さんがいなくてよかった。
「島本さん」
「勇気出してここまで来たのに……、副社長はいないだなんて……」
「島本さん、もしかしてこの前言っていたことで副社長に?」
「そうよ。もうクビを覚悟でここまで来たのに……」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないわよ。事前に副社長に会いたいなんて申し込めないし……そんなことすれば課長たちにわかってしまうから。でも、いないんだ、副社長……」
「あの、週の後半は出張や外出が多いみたいですよ。もう一度、今度は月曜日か、火曜日に来てみたら」
「うん、ありがとう。もう一度来れるかどうかわからないけれど、わたしも話すなら秘書の人じゃなくて副社長に直接と思って。でも、ごめんね。さっきの秘書の人にトーセイ飼料さんのこと、口実にしちゃって」
 島本さんはすまなそうに言って、力なく笑った。それはあきらめているような表情にも見えた。

 島本さん……。
 クビを覚悟っていうのは本当かも知れない。上司を飛び越えて上の人に何かを話す、そういう順序を乱すっていうことは会社の中では決して歓迎されない。
「ううん、大丈夫ですよ。まだ昼休みだし。いまのうちに下へ降りましょう。わたしも一緒に行きますから」






「どうかした?」
「いえ、なんでも」
「疲れた?」
「違います。お料理はあんまり自信がなくて……」
「じゃ、かして。あとは僕がやるから」
「え、孝一郎さんが?」
「これでも大学生の時はひとり暮らしだったから」

 キッチンのフライパンの前の位置を替わると常盤さんがわたしに顔を近づけてきて一瞬どきっとした。キスをしそうなくらい顔が近くにあったけれど、唇はつけられなかった。
「この部屋に泊るのはまだ慣れないかな? 送って行こうか」

 常盤さんはいつでもやさしい。時々わたしを驚かせたり、からかったりするけれど。
「ちょっと……信じられないだけです。孝一郎さんとこうしていられるのが」
「まだそんなことを言って」

 孝一郎さん。常盤さん。
 常盤さんは副社長だけれど。
 この人ならきっと……島本さんの言うこともちゃんと聞いてくれるはず。


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