誕生日 1


誕生日

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 この歳になると誕生日なんてうれしくともなんともない。まわりだって気をつかって年齢の話はしないというのに。来週の誕生日はなにげなくスルーして過ごそう。そう考えていたらせっちゃんがわたしのデスクに顔を出した。
「どうだった?」
「嫌にきまってんじゃん」
 せっちゃんが聞いてきたので当たり前のように答えた。せっちゃんはわたしの同僚で同い年。でも早生まれのせっちゃんはわたしより学年がひとつ上。
「知らない人と会うのって、すんごく嫌」
「お見合いなんだから。それでどうすんの」
「ちょっと断るしかないわ」
 ちょっともなにもないんだけど。
「でも2、3回は会ってみないとわかんないわよ、真希ちゃん!」
 せっちゃんがわかったように言う。自分だって独身のくせに。わたしと同じ33歳のくせに。
「でも嫌なものは嫌なんだよぉ」
 わたしがそう言うとせっちゃんは笑って自分のデスクに戻ってしまった。

 お見合いなんて言ったってもちろん正式なものじゃない。こんな田舎で。
 親戚や近所のおばさん、母親の友人、保険屋さんといった人たちが「ちょっと会ってみたら」とかなんとか言って写真と簡単な履歴書みたいな身上書みたいなものを持ってきて、会う日時がセッティングされる。 写真はスナップ写真、履歴はたいてい白い便せんに書かれていて真新しくないのが一目でわかる。使いまわされているのね。それはわたしのも同じ。こうして持ち込まれる一応「お見合い」話をわたしには断る権利はない。 母が頼みこむように親戚友人知人へと、どこかにいい人はいないかとふれ回っているのだ。きっとわたしのスナップ写真と白い便せんに書かれた履歴がばらまかれているのに違いない。この個人情報保護の時代に!

 一度「お見合い」が嫌でごねたらすんごい怒られた。両親に。
「30過ぎてまだ結婚しないなんてあんただけじゃないの。みきちゃんだってかおりちゃんだって、あの、はるちゃんだって結婚して子供だっているって言うのに。お母さんは恥ずかしくて外も歩けないわよ。あの! はるちゃんだってよ! あんたは何考えているの!」

 「あの、はるちゃん」というのは近所の母の友だちの娘の春花ちゃんだ。わたしとは同い年だけど中学生の時から眉を細ーくして、いったいあんたはいつの時代の人ですかってくらいなわかりやすい田舎の不良をしていた。 公立高校至上主義の濃い田舎では県立、市立といった高校へ成績順に進学するみたいな雰囲気があるので学校を休みがちな春ちゃんは私立の高校へ行ったが、不良をしている割には気のいい春ちゃんはたまに会っても気軽に声をかけてくれた。 わたしも幼稚園の頃からの付き合いだからべつに春ちゃんが男と遊んでいると噂になっても私立へ行っても全然気にならなかった。幼なじみってそんなものだろう。
 しかし母には高校さえ中退してしまった春ちゃんが今は結婚して子供がいるというのが気にくわないのだ。 ヤンキー系の人たちって結婚が早いじゃないの。はたちまえに結婚して子ども産んで「ヤンママ」っていう言葉があったよね、最近聞かないけど。
でも春ちゃんが結婚したのは5年前だから別に早い結婚だったわけじゃないよ。それもお母さんには気にくわないんだろうか。
 そんなことを心の中で考えていたが母の他の誰かと比べるのも世間体がどうのというのも嫌だったが、本当は「お見合い」そのものが嫌なんだ。やる気のない顔で白い便せんの身上書をひっくり返していたらとうとう父にも怒られた。
「真希、会うのか会わないのかはっきりしろ! みんなお前のことを心配しているんだ!」
 なんだかんだと言っても親元でのほほんと暮らしているわたしは親には逆らえない。わびを入れるしかない。

 でもね、知らない男といきなり会うっていうのはすごーく、すごーく嫌なことなんですよ、お父さん。
 使いまわされた便せんには生年月日から始まり家族構成、勤務先が書かれている。最後に申し訳のように趣味が書かれているのはご愛嬌だ。たいていは、いや、ほとんど長男。弟や姉妹が結婚していることも書き添えられている場合が多い。 勤務先はたいして気にならない。地元の会社がほとんどだ。すんばらしい一流企業勤めの人がこんなところにいるわけがない。そして写真。スナップ写真でもひとりで写っているならまだいいほうで数人の人と旅行か何かの時に撮られたような写真っていうのもあった。 今回の人はひとりで写っているからまだいいほうか。作業服のような会社の服を着て事務所のような机の前に座っている上半身だけ。
 もちろんこっち、つまりわたしのほうだって似たり寄ったりだ。長女。兄は結婚して県外に住んでいる、転勤族だから。高卒で地元の会社に勤務。趣味、読書。写真は2、3年前に会社へ行こうとして父からちょっとおまえそこへ立ってみろ、と言われて写されたものだ。 庭のつつじの花がきれいに咲いていて人の背丈ほどもあるその木の前でつつじのピンクの花をバックにニヤッと笑って、いや、ほほ笑んでいるわたし。通勤用のブラウス、カーディガン、プリーツスカートで。センスもなにも普通すぎる服装と顔。もともとやる気がないからしかたがない。

 「お見合い」も最初の1、2回は緊張したがもう数をこなすと嫌で嫌で仕方がなくなる。初対面の男の人と、 日時を指定されて会う。もちろん親や紹介してくれた人なんて来ない。駅とか喫茶店の前とかそういうところでおちあって、お茶を飲んだり食事をしたり。そのあとちょっとドライブして、っていうのが一番多いパターンだ。
 でもね、子供じゃないいい歳をした男女が目的のわかっている対面をして話が弾むわけがない。どんな仕事をしているのだとか、休みの日は何をしているのかだとか、せいぜいそんなところ。わたしは初対面の人との会話が嫌だとは思っていても営業用ニッコリでほどよく会話をしてしまう。 営業じゃないけれど。もう人が良いっていうか。女だって30過ぎればそうそうお嬢様も変人もできない。常識的な線で取り繕うんだけど、これが「しっかりしたいい娘さん」っていう評価になってしまうんだ。だからというか、正式な見合いでもないのに返事は女のほうからっていう 慣習が生きているために「向こうはお付き合いしたいって。あなたの返事次第よ」っていうことになってしまう。

 でも、嫌なんだよおっ! 普段女性と普通の会話さえろくに話したことがないっていう雰囲気の男が! こっちの顔を見ることもしない男が! 初対面で真昼間からビールを飲む男が! 車が妙にきれいで中に造花なんて飾ってある男が! わかる? わかるでしょっ、わたしの嫌さ加減が。
 だけどこんなこと親には言えない。言ってもわかってもらえない。今さら超イケメンや王子様系のヤツが出てくるわけないし、顔にはこだわらないからごく普通のいいヤツっていうような人でいいんですけど、なんて言っても「人のことを言えた義理か」とか言われるのがオチだ。

 わたしと同じ独身のせっちゃんは見合いしてもそれから最低2、3回は会うという主義の人。
「だって本当はどんな人かって何回か会ってみなけりゃわからないじゃん」
 たいした人ですよ、あんたは。わたしなんてもう1回会ったら充分! っていう人ばかりなのに。
 そのせっちゃんが会ったことがある人がわたしにも回ってきたことがある。もともとは結婚している会社の先輩が取り持ってくれた話で、せっちゃんがだめだったから今度はわたしにって、そんなんでいいんかい! 出会いはあくまできっかけというけれど。


 そしてわたしの誕生日。ちょうど日曜日で家にいてもいたたまれない。この前会った人を断ってしまったから。こうなると針のムシロだ。33にもなるっていうのにまだ結婚しないなんて、この前の人も断ってしまって何を考えているんだか、 この娘は……っていう無言のオーラならぬ脅威が母からも父からも出ている。33歳にもなった娘の誕生日を親が祝ってくれるはずもなく、ひと言も会話しないで3人で食べる昼ご飯。あーあ……。
 32と33の差はエベレストよりも大きい。いや、地球よりも……。
 32歳になったときにも思ったものだ。31と32の違いは大きいって。今年も同じようなことを思っている。

 ごろんと自分の部屋のベッドに寝転がってぼんやり考える。
 いくつになっても、まわりがどんなでも、気の進まない人と付き合えないでしょう? お父さん。 好きでもない人と結婚できないでしょう? お母さん。だって結婚してえっちするんだよ。その人と。
 ああ、最後はそこに行き着く。えっちするなら好きな人としたいっていう極めてまっとうな乙女心をなぜ世間はわかってくれないの。

 心の中でぶつぶつ言いながらもやがては眠ってしまった33歳のわたしの誕生日が過ぎてゆく。


「誕生日1」は2008年4月2日に誕生日企画としてブログに掲載したものを再録しました。

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