誕生日 2


誕生日

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 せっちゃんが結婚してしまった。
 うちの会社の副社長と。

 せっちゃんがいつものごとくわたしのところにやってきて
「結婚しようかなー、なんて思っている」って言った時は、わたしはジョーダンだと思いこんでこう言ったものだ。
「あー、はいはい。いつでもどうぞ。相手が決まったら早く言ってねえ」
「え〜〜、だけどぉ」
「先に衣装決めておけば。せっちゃん、十二単(じゅうにひとえ)なんていいかも」
「え〜」
 せっちゃんは小柄だ。
「動かなくていいんだから。他の人に運んでもらうっていうのはどおよ?」
「…………」

 あれ、いつものせっちゃんのボケは?
「だけど〜、彼の希望もあるしぃ〜」
 高鳴る動悸にわたしの声は震えていたかもしれない。
「……だれ?」
「え〜、会社の人でぇ〜」
「まさか……待って、独身の男っていえば……伏見さん?!」
「まさか〜」

 だよね。伏見さんには失礼だけど、とてもせっちゃんの手に負える人じゃないよ、あの人は。 自己中で、小うるさくて……って、そんなことはどうでもいい。あと会社の男っていうと? でも独身の男なんて……まさかこのせっちゃんが妻子持ちに手を出すなんて、そんなことは。 せっちゃんがよくてもせっちゃんの親が許すはずがない。せっちゃんの家は農家でせっちゃんは三人姉妹の次女。お姉さんはさっさと結婚して家を出ている。つまりせっちゃんはできたら婿を取って欲しいという三重苦を背負っている人なんだ。 (あとのふたつの苦はこの際省略!)でも婿の件に関してはせっちゃんの親はあきらめているらしい。なんとか結婚さえしてくれれば、と言っているそうだから。
 話しがそれたけど、だったら……あ!
「もしかして……えーと、くらはし……?」
「あたーりー」

 えーーっ!!!
 倉橋 寿人(くらはし ひさと)はうちの会社の副社長だ。と言えば聞こえはいいんだけど、社員全部合わせて8人の機械部品と修理を扱う個人商店みたいなこの会社の社長が倉橋の親父で息子が副社長。 副社長だけど兼サービスマンで要するに漁船やボートのエンジンや機械関係の修理屋だ。
「いつの間に」
 せっちゃんと倉橋がつきあっているなんて全然知らなかった。
 あの倉橋と。くるくるパーマで色黒で高校生がそのまま大人になったみたいな、いかにも田舎のにいちゃんのあの倉橋と。せっちゃんは表向きイケメンが好きだとか言ってたのに、顔はどうでもよかったのね。
 わたしは速攻でその日せっちゃんと一緒に夕飯を食べる約束をして委細、仔細、詳細を聞き出すことにした。

 女ふたりで鍋。
 空しいけれど、日本酒好きのせっちゃんが「湯豆腐なんかいいかも〜」と言うので女ふたりで湯豆腐をつつくことになってしまった。まあ、わたしもお豆腐好きだからいいけど。 今日はせっちゃんに委細、仔細、詳細を話してもらうために飲ませることにして、わたしが車で送りをするのでわたしは飲まない。さあ、せっちゃん、話すのよ!
 せっちゃんはお燗のついた日本酒をちびちびやりながらそれでもうれしそうに話し始めた。
「10月にさ、名古屋へ行ったじゃない? 出張で倉橋さんと」
 あー、そう言えば。
「日帰りで船外機メーカーの会社へ行って。わたしがなんで一緒に行くのかなと思っていたら帰りの車の中で言われたの。つきあおうって」
 倉橋、仕事を利用したってわけか。
「そんでつきあい始めたんだけど、彼ってスキューバやるのよ」
 へー。
「わたしも一緒にやろうって。それでまあ、いいかな〜なんて」
 せっちゃん、あんた、いつからお魚になったんだ。
「ところで倉橋さんっていくつ?」
「あらぁ、真希ちゃん、彼の歳知らないのお? 真希ちゃんらしい」
 どうせ会社の男に関心ないもん。
「32」
 え、年下!
「ひとつだけじゃない〜」
 とてもせっちゃんが年上には見えないよ。
「来年、3月に式を挙げるんだ。日も決まっているよ。真希ちゃん、もちろん出てね〜」
 ちょっと顔の赤くなったせっちゃんはだんだん恥じらい(あればだが)が薄れてきてかなりうれしそうに言う。
「んじゃあ、これからいろいろと準備で大変なんだ」
「そうなのよ〜」

 よかったね、せっちゃん。
 別に嫉妬もうらやましいという気持ちもなくわたしはそう言った。せっちゃんは今夜のわたしとの食事に倉橋を呼んだりしなかった。男ができるとすぐに自慢したがる女もいるけれどせっちゃんは今までお見合い仲間として一緒に闘ってきた仲だ。 少なくとも女同士の話に彼氏を呼ばないだけの分別がある。
「仕事どうすんの」
「うん、当分は続ける」
 せっちゃんは真面目な顔に戻って言う。
 うちの会社は小さな会社だし、顔ぶれも変わることはほとんどない。忙しい時は社長の奥さんも手伝いに来るという会社だ。
 せっちゃんは依存心が高い、いやいや、甘え上手なところがある。なんかほっとけないような。仕事でも「真希ちゃん、一生のお願い〜」なんて言って手伝って欲しいと言ってくる。せっちゃんの「一生のお願い」はもう何回聞いたことか。 お返しに鋭いツッコミを入れてやりながらせっちゃんと一緒にいるとせっちゃんがボケ、わたしがツッコミと自然とそうなる。いや、せっちゃんは誰といてもボケの人だが。
 でも、せっちゃんはボケだけど彼女なりに苦労している。せっちゃんのお姉さんはかなりな美人で結婚前は地元特産の枝豆のピーアールポスターのモデルになったこともあるくらいだ。せっちゃんは生まれた時から体が弱く、ちょっと発育不良で親に心配かけたらしい。 今でも身長は140pちょっとくらいの小柄で、それに言っちゃ悪いがせっちゃんは老け顔だ。すらっとして美人のお姉さんと、それから不運なことにせっちゃんの妹もお姉さんと同じ美人で、わたしは妹の美佐子ちゃんも知っているのだけど、 せっちゃんはそんな美人の姉と妹に挟まれて、でも彼女は姉妹の容姿のことなど気にしてはいないように見える。
 前に一度、せっちゃんが隣の市の会社で働いていたときにそこの会社の人たちから「チビバア(婆)」と呼ばれていたというのをせっちゃんから聞いたことがある。彼女は持ち前のこだわりのない様子でそう呼ばれていたんだよと話していたが、 わたしは今の会社の人たちが皆、そんなことは言わない人たちでよかったと思った。せっちゃんの体の小柄なことを冗談にすることはあっても、あの伏見さんでさえ「ちっちぇえ手だなー」とからかうと「そうよ〜、モミジみたいな手でしょ〜」とせっちゃんに 返されているくらいだ。誰も「チビ」などとは決して言わない。せっちゃんの明るさがあるから、ちょっと甘えたところのある彼女の性格も許せるんだろう。
 倉橋がせっちゃんとお似合いかどうか、正直なところわたしにはわからなかったが。わたしには倉橋はよくしゃべる人、という認識しかなかった。彼はお客と電話で話していると「オートリバース」になっているんだ。 まあ、本人たちがいいというならいいじゃないの。

「真希ちゃんはどうなの? 最近」
「別に。特にない。お見合いもここのところ来ないし」
「住田さんって真希ちゃんのタイプ?」
 ぶはーーっ。
 吹かせないでよ、せっちゃん。住田さんは一応わたしの上司で営業兼サービス。販売とかサービスとか営業関係の事務もしているわたしにとって上司は上司なんだけど、8人の会社だよ。 せっちゃんの彼氏の倉橋とその親父は含まないけれど。
「ひとのものには興味ないよ」
 住田さんはわたしたちより4歳年上で奥さん、子供もいる。この奥さんがせっちゃんの同級生なわけでその縁でせっちゃんは転職してこの会社へ入社した。
「そうよねー」
 せっちゃん、わかってんなら聞かないでよ。

「あー寒い! もう12月だもんね。真希ちゃん、じゃあ運転よろしく!」
 ふたりであれこれ話しながら食べておなかいっぱいになって店を出るとわたしはせっちゃんを自宅へ送って行った。倉橋を呼び出してまかせようかと思ったが今日はいいや。
「はー、……なんか疲れた」
 家に帰ってお風呂に入りながらつぶやいた。
 せっちゃん、結婚かあ。湯船につかりながらなんとなく考えていた。3月に結婚したら今までみたいに一緒に遊べないかな。まあ、せっちゃんはせっちゃんだ。でも、このことはお母さんには言わないでおこう……。

「真希ちゃん、よかったら忘年会代わりに飲みに行かない? 倉ちゃんがおごってくれるって」
 倉ちゃん? 倉橋かよ。
「いつ?」
「24日?」
 やめてよ。その語尾上げ。24日なんて絶対にいやだ。だってクリスマス・イブよお!
「イブはふたりでラブラブすればいいんじゃないの?」
「でもその日しか空いてないのよ、倉ちゃんが」
「悪いけど」
 イブの日に飲みに行くなんて、彼氏いない女には上等よ! じゃなかった、最低よ! 世の中が浮かれて、しかも恋人たちがラブラブになるビッグイベントだよ。地方の中くらいの規模の港があるこの町でも不景気だって繁華街は それなりに盛り上がっているだろうし、チカチカあちこちが光っているだろうし。 こんな日はできればひとりで本屋にでも行くか、ケーキでも食べて寝てしまいたい。でもクリスマスにケーキを食べるなんてもう何年もない。わたしの親は「うちは耶蘇(やそ)じゃない」とかなんとか言ってクリスマスをしたりしない。 わたしや兄がまだ子供の頃はケーキを食べたりプレゼントを買ってもらったこともあったが、おとなになった今はクリスマスはわたしにとっても触れてもらいたくない話題だ。

 恋人たちのクリスマス。
 ふたりで過ごすホワイト・クリスマス。

 そんなフレーズがテレビから流れるたびに、心なしか引きつる母の顔。ちらっと父の顔を見ればかえってなにもないようなフリしている。

 だって……仕方ないじゃないの。
 クリスマスのために恋人を作るわけじゃない。年齢で結婚が決まるものでもない。会社行って働いているせいで結婚できないわけじゃない。自分のせい? そうかもしれない。誰かと積極的につきあいたいとか思ったことないもん。 地味だもん。だけどそれを親に恥じてほしくない。
 そしてそう思っていても、それは決して口には出せない。


2008.12.24

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