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  クリスマスケーキ・イブ
   
   
    
    クリスマスケーキ・イブ
   
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 クリスマスケーキは赤と白。 
 赤いイチゴに白いクリーム。 
 
 そんな定番のケーキを店の前に出したテーブルで売る。しかもこのくそ寒いのに赤いサンタ服はおねーちゃんバージョンのミニスカート。会社帰りのお父さんたちを喜ばせるだけにあるような、ありえない服。 
「いいじゃない、足きれいなんだから。じゃ、がんばってね」 
 店長、あんまりです。いくらバイトだからって、この寒空の下ミニスカートでクリスマスケーキを売れだなんて! 
 とりあえず膝までのブーツをはいて使い捨てカイロと冗談ではなくて毛糸のパンツを装着。見えたっていいんだ。今日だけのバイトだし。これから4時間、この美しい足を晒してみせようじゃないのよ! 
 
 わたしの足効果もあってか、ケーキは順調に売れていった。会社帰りの人たち、買い物に来た親子連れ、そしてカップル。みんな足早に、あるいは楽しそうに歩いている。 
「クリスマスケーキ、いかがですかあ」 
「おっ、おねえちゃん、元気いいねえ」 
 わたしの足を見るな。オヤジは早く帰って寝ろ。ケーキを買ってくれるお客さんでなきゃ、そう言うところだよ。 
 
「うー、さぶい。足がさぶい」 
 もう夜9時を過ぎて、駅の近くとはいえ人通りもめっきり少なくなってしまった。でもあと2個ケーキが残っている。バイトは10時までだけどケーキが全部売れたらそれで終わってもいいってことになっている。でもあと2個が売れない。 
 わたしの足はもう肌がまだらになっている。ナマ足だもん。乙女の柔肌晒してケーキ売っているんだから買っていきなさいよ、そこを通る男! 
 わたしの殺気を感じたのか前を通り過ぎようとした男が止まった。 
 
「寒そうだねえ」 
 カバンから財布を取り出しながらそう言った。コートを着てマフラーをコートの襟元にのぞかせたサラリーマン風な人。まだ若くて二十代なかばくらいかな? 面白みのない髪形とメガネが普通すぎるけれど。 
「寒いですよう! だからケーキ買ってください。これが売れたらバイト終わりなんですう」 
 なんだかマッチ売りの少女なわたし。でも寒いんだもの! 寒くて肩に力が入って足踏みしてる! 
 
「でも2個は」 
「冷蔵庫に入れておけば大丈夫ですって! 明日ゆっくり食べれば。それとも彼女にあげるとか。お客さん、お願いしますよ〜〜」 
 これじゃマッチ売りの少女ならぬ、ケーキ売りの押し売りだ。 
「じゃあ仕方ないな。2個買うよ」 
「ホントですかあー! ありがとございまーす!」 
 わたしは買ってもらえるうれしさでバカみたいに調子良く言った。ほんとは寒くて寒くて、もう脳まで血が通っていない感じだった。 
 
「ありがとございましたー!」 
 バイト代を受け取って、割のいいバイト代はナマ足を晒しただけのことはある。でも着替えても寒くて足が暖まらないよ。早く帰ってお風呂入りたい。 
 店から出て、さっきわたしがケーキを売っていた表通りに出ると。 
「君、ちょっと待って」 
 声をかけてきたのはさっきのケーキを買ってくれたお客さんだった。なに、おつりでも間違った? 
「やっぱり2個も食べきれないと思うから。よかったら、ひとつ食べて」 
 ビニール袋へ入れられたケーキの箱が目の前に差し出される。 
「えっ? いいです。わたしもう帰りますから」 
「じゃあいいでしょ? ほら」 
 ケーキの箱を突きつけてくる。 
「そんな、いいですよ」 
 早く帰りたいのに。 
 
「俺、ひとり暮らしだし。彼女もいない。しかも甘いものは苦手でケーキなんて食わないんだ。だから君にあげる」 
 えー、じゃあなんで買ったりしたの。しかも2個も。……わたしがナマ足で押し売りしたからか。 
「君が寒いのにミニスカートでがんばっていたから、つい買ってしまった。俺、3時間前にそこの駅から電車に乗ったんだけど、そのときにも君はいた。仕事を済ませて帰ってきたらまだいた。だから」 
 
 そうなんだ。ナマ足晒していたから目立ったのかも。この人がわたしを見ていたことなどわたしにはわかるはずもないけれど。 
「とにかく君にあげる。食べて。それから風邪ひかないようにね。これもあげる」 
 それはあったかい缶コーヒーだった。ほかりとしたあたたかい缶が手渡される。 
「バイト、ご苦労様」 
「あっ、いえ。……じゃあいただきます。すみません」 
 
 クリスマスケーキとあったかい缶コーヒー。わたしはお礼を言ってそれを貰った。缶コーヒーを手渡してくれながら少し笑ったその人の顔がなんだかすごく普通に温かかったから。手の中の缶コーヒーはカイロの代わりのようでとても温かかったから。 
 
 たった4時間だけのバイト。あの人とはもう会うこともないだろうけど。 
 ちょっとはいい事があってもいいよね。今日はイブだから……。 
 
 
 わたしがクリスマスケーキの入ったビニール袋の中から「ケーキを食べたら電話してくれる?」の文字と電話番号の書かれたメモを見つけるのは、もうちょっと後のこと……。 
 
     2009.12.20 ブログに掲載  2010.12.13 再掲載      いいことのありそうなイブの予感。  
   
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