副社長とわたし 7
副社長とわたし
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「瑞穂ちゃん、どうしたの?」
大きくて丸っこい体の三上さんが出社そうそうお饅頭を食べながら聞いてきた。わたしが机に額をつけて突っ伏していたから。
「なんかあったの? ね、お土産のこれ、あげるから言ってみて?」
わたしの顔の前に置かれたのは出張のお土産の温泉饅頭だった。
「……ありがとうございます。お茶、飲みますか?」
「うん、頼める? 悪いね」
「三上さん、このビルにこのフロア専用の、つまり社長と副社長用のエレベーターがあるって 知っていました?」
三上さん、もう二個目のお饅頭を食べている。朝ごはん、食べてないんですか?
「そうなの? 知らなかった。でも俺たちには関係ないでしょ」
「それが、私たちもそのエレベーターを使っていいそうです。さっき常盤副社長から言われました」
「へえー、親切だねえ。常盤さんって」
「親切っていうんでしょうか」
お饅頭を食べながらお茶を飲んでいる三上さんに今朝、常盤副社長と一緒にエレベーターに乗ったことも言ったけど、わたしの言ったこと、別にどうも思っていないようだった。やっぱり三上さんも男。わかってない。
男の三上さんにはわからないことでも、わたしにはわかった。その証拠に。
午前中に一度、郵便物を取りに行って総務のある階を通っただけでわかった。ちらちらとわたしを見る社員たちの視線と、女性社員の何人かにはあからさまにヒソヒソ話をされた。
わたしにだってわかるよ。だってあの副社長だよ?
女性社員はもう芸能ニュース並みに常盤副社長がわたしにしたことを知っているに違いない。男性社員だって知っているだろうけど、やっぱり女性社員の視線が痛いのはあの美形副社長のせいだ。もうわたしはいたたまれないというか、穴があったら入りたいというか。自分が悪いわけでもないのに!
わたしは穴を探す代わりに早々に最上階の部屋へ戻った。そこへ戻るまでのエレベーターで乗り合わせた営業らしい何人もの男性社員たちの沈黙も妙に気になる。
今日は所長の金田さんが大阪へ行っている。三上さんとふたりで仕事をしながらお昼休みには三上さんから外へ出ようかと聞かれたが、わたしは出なかった。お弁当を持って来ていたし、もう下へは降りて行きたくないよ!
そしてお弁当の後で給湯室で湯呑を洗っていたら。
「山本さん、お昼は済んだ? お菓子をいただいたのでおすそわけなんだけど、ちょっとお邪魔してもいいかしら」
案の定、秘書の浅川さんだった。
「あら、元気ないのね。聞いたわよ、今朝のこと。大変だったわね」
あー、でも、こうして直接言ってくれるだけでも浅川さんのほうがまだいいっ!
「でもね、副社長は普段そんなことをする人じゃないのよ」
そうでしょう。日常であんなことをしていたらかなりキザだ。
「副社長、あの通りの容姿でしょう? 女性社員からの関心が高いってご本人もわかっているみたいだけど」
高級な焼き菓子を優雅につまみながらちょっと首をかしげる浅川さんは、もしかしたらわたしから情報を引き出そうとしているのかもしれないけど、わたしには出すほどの情報なんてないですよ。
「多分わたしたちに気を使ってくださっているんだと思います、成り行きで。でも本当に充分ですから。ここに部屋を用意して下さっただけでも」
「そうよねえ。まあ、気持ちはわかるわ。でも直通エレベーターは使ったら。わたしも使っていいって言われているから」
「え、そうなんですか?」
「意外と気さくな人なのよ、常盤副社長って。わたしも副社長付きになってまだ三か月だけど」
「はあ」
「ところで山本さん、いくつ? わたしよりも年下かしら」
「歳ですか? 二十七です」
「あら、じゃ、わたしと同い年よ」
えっー……。
全然そんなふうに感じないよ、浅川さん。落ち着いているし、正統派の美人って感じで、しかも結婚しているし。
「わたしって、いつも若く見られるんです。どうしてだか。六歳下の弟がいるんですけど、一緒に歩いていたら弟の友達から妹? って聞かれたこともあるくらいなんです。六歳下の弟なのにですよ?」
「そうね、そんな感じ、よくわかるわ」
うわ、浅川さん、ストレートな言葉が痛いです。
「稲葉、ブラインドを開けてくれないか」
廊下を隔てた向かいのトーセイ飼料の部屋も控えめにブラインドが開かれていた。その間から浅川と山本瑞穂のふたりが何かを話をしているのが見える。
「もうちょっとで手を取れるところだったのにな」
「それはわたしのせいですか」
稲葉の声が感情を出さずに尋ねてきた。
「そうだよ」
そう言ってやった。稲葉に邪魔されたのではなく、あの山本瑞穂が俺に手を取られることなど考えてもいなかったことはわかっていたが。
あの時の彼女の顔。
「いなかのねずみはとても、とても、真面目な働き者でしたとさ……」
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