花のように笑え 冬の贈り物


冬の贈り物

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 ちらりと目の中を光がかすめたような気がして瀬奈がぼんやりと目をあけると部屋の壁際に置かれた大きくはないテーブルで聡が小さなスタンドの明りをつけて本を読んでいるのが見えた。
 わたし、眠ってしまったんだ……。
 瀬奈は眠りから覚めきらない頭で考えていた。聡はきっとそのまま本を読んでいたのだろう。


 明日の土曜日は聡さんもお休みだと、ほっとするような気持ちで瀬奈は早めに風呂へ入っていた。入浴を済ませてベッドに座りながら手足にクリームを擦り込んでいたが、なんとなく今夜は体が暖まっても気持ちが緩まない。 今日の昼は旭川の街中まで出かけていたからそのせいだろうか。ついでに祖父や聡の必要なものや服を買ったりしていろいろ見て回ってしまったか
ら……。
 そんなことを考えていると聡が部屋へ入ってきた。
「瀬奈、今日はプリザーブドフラワーのアレンジメントを見てきたんだろう。どうだった?」
「うん、すごくきれいだった。クリスマスや冬向けのアレンジがたくさんあって。講師の先生もとても熱心に説明して下さって、わたしもあの先生に講習を受けることにしようと思っているんです」
「そう、俺はいいと思うよ。あ、それ何?」
 瀬奈が手にしていたクリームを聡が覗きこんだ。
「これ、フラワーアレンジメントの会場で試供品をもらったの。ローズオイル配合なんですって」
「ふうん、いい香りだ」
 瀬奈のとなりに座った聡が小さな容器に鼻を近づけてからクリームをほんの少し指ですくい上げる。そのまま聡の手が瀬奈の首筋にあてられた。瀬奈の首筋の脈の触れるところへクリームが塗られてふわりとした薔薇の香りが匂い立つ。強すぎず香る快い香り。 薔薇の香りの種類で言うならばダマスク香か。そのまま聡が瀬奈のパジャマのボタンをひとつはずす。
「瀬奈、うつぶせになって」

 パジャマの上着を後ろへさげて瀬奈の髪の生え際から肩にかけての肌を出すと、ゆっくりと首の後ろや肩を聡の手がなでていく。マッサージというほど強くはなく聡の右手が瀬奈の肌を良い香りのクリームを伸ばすように柔らかくなでていく。
「今日は疲れた?」
「うん、少し……」
 こうして瀬奈が正直に言うようになったのも良いことだった。瀬奈はこの家へ来てから古くて使い勝手の悪い台所や家にもかかわらずそれを苦にせずに毎日の家事も聡や祖父の仕事の手伝いもやってくれていた。 これまで瀬奈の祖父の田辺康之と二人暮らしだった聡にとってはありがたい限りだったが、 瀬奈がとかく自分のことを後回しにしてしまわないように、あまりに疲れすぎたりしないように聡は気を付けていた。
 今日のプリザーブドフラワーのアレンジメントの展示を見に言ったのも瀬奈が聡の薔薇の育種や栽培に役立つことがしたいと言っていたからだ。瀬奈はアレンジメントのほかにもドライフラワーやプリザーブドフラワーの加工も勉強したいと言っていた。
「あわてることはないよ。瀬奈のペースで勉強すればいいんだから」
「はい」
「気持ちいい?」
「聡さんにこんなことしてもらうなんて……悪いわ」
「そんなことは気にしないで。いい香りじゃないか」
「うん……」
 瀬奈の白い首筋から肩へ、そしてパジャマで隠れている背中へと聡の手が入り込む。すべすべとした瀬奈の背はしまっていて聡は瀬奈の肌の感触を楽しむようにゆっくりとなでていた。あたたかいベッドの中で聡の手に撫でられて瀬奈の目が閉じられていく。 やがてすうっと入り込んだような瀬奈の寝息に気がついて聡は手を止めた。掛け布団をそっと引き上げて瀬奈をくるむと眠る頬へ触れるか触れないかのキスをする。 安心して眠りこんでしまった瀬奈。
 俺はもう大きな家もドレスも与えてやることはできないけれど、毎晩こうして安心して眠っておくれ。
 愛しい妻よ、安らかにお休み……。


 目の覚めた瀬奈は横たわったまま動かないで聡の姿を見ていた。椅子に座ってテーブルで本を読んでいる聡。テーブルの前は壁でその上には小さな窓。今は静かに雪が降っているようだ。小さなスタンドの灯りだけの部屋の中で聡の顔はスタンドの黄色っぽい光に照らされていた。
 ジーンズをはいて厚いセーターを着たままの昼間と同じ姿。こうして冬の間、聡は暇を見つけては薔薇の育種に関する本や園芸に関する本を読んでいた。今は聡の働くナーサリーも瀬奈の祖父の農場も雪に覆われて薔薇の木は雪で倒れたり痛んだりしないように支えや囲いをしてある。 それらを定期的に見回ってやる必要はあったが冬の間は暇になるので聡は三田のいる地元の産物の企画販売会社を手伝っていた。じつを言えば聡はこの会社のオーナーなのだがそれを知っている社員は限らており、聡は冬の間のパートタイマーとして働いているのだった。 だから聡はけっこう忙しいのだが、それでも暇を見つけては勉強に励んでいた。

 聡と一緒に旭川へ帰って初めての冬。
 毎日、出勤していく聡を送り出し、昼は祖父の仕事を手伝ったり家事をして祖父と聡のために温かい食事を用意して待っている幸せ。こんな安定した毎日が瀬奈に落ち着きと安心を与えてくれる。忙しい一日を過ごしても夜になってふたりの部屋に引っ込めばふたりだけの時間が過ごせる。 聡のあたたかい腕に抱かれながら眠る幸せ。体を添わせてお互いのぬくもりの感じられる夜。確かな毎日。
 仕事へ出かけても、夕方になればちゃんと戻ってきてくれる聡。そんな当たり前のことが瀬奈にはうれしい。瀬奈が夜中に目覚めても手を伸ばせば聡の体があり、静かな寝息が感じられる。

 でも今夜の聡は本を読んでいた。瀬奈がじっと見ているのに気がつかないようだった。本へ視線を落としてあごのラインがくっきりとした聡の横顔。もう夜の十二時を過ぎているだろう。聡さんはまだお風呂へ入っていないのかもしれない……。
 じっと見つめる聡の横顔。瀬奈が愛する人の横顔。

 愛しい、愛する人、まだ眠らないの……?
 聡さん、ここへ来て……。

 ふと気がついて聡は少し離れた横にあるベッドを見た。そこには目を開いた瀬奈が横たわったままじっと布団の中から自分を見つめていた。
「…………」
 瀬奈の深い眼差し。
 自分を見つめる瀬奈の瞳に聡のページをめくろうとしていた手が止まった。
 眠っているとばかり思っていたのに、瀬奈の聡を見る目はしっかりと深く聡をとらえて離さない。スタンドの明るくはない光を受けて小さな光の見える瞳。暗いのに澄んでいる深さに吸い込まれるような、情熱さえ感じさせるような瀬奈の聡を見つめる瞳。 こんな目で見つめられたら、まるで呼んでいるような目で見つめられたら……。
 椅子から立ち上がりベッドの横へ行くと瀬奈の上へかがみこんでそっと頬をなでる。
「起きてしまった?」
「……まだ寝ないの?」
「いや、もう寝るよ。風呂へ入ってくる。待っておいで」
 そう言うと聡は部屋から出て行った。

 聡が部屋へ戻ってくると瀬奈は眠ってしまったのだろうか、枕の上には掛け布団に隠れるように瀬奈の頭が少しだけ見えている。
「瀬奈、寝ちゃった?」
 聡が掛け布団をめくって瀬奈のかたわらへすべりこむ。瀬奈の体温と同じ温かさの布団の中。瀬奈が眠ってはいない証拠に瀬奈の腕が聡の体へからまる。
「ん……」
 瀬奈の小さな声がもれる。聡の唇が閉じている瀬奈の目を開けさせるように瀬奈の唇を開けさせる。瀬奈、もう一度あの目で俺を呼んで……。
「……あ……」
 聡の手が瀬奈のパジャマのボタンをはずしていく。ふっくらとした瀬奈の胸が肌着の上からなでられる。
「寒いわ……」
 瀬奈が言うと聡の手が止まった。上着はそのままにして聡の手が下へなぞられていく。入り込んだ手にパジャマのズボンも下着も抜き取られてしまうと瀬奈のむきだしになった素足が聡の足に触れる。あたたかい布団のなかで素肌の触れあう感覚に瀬奈は吐息をついた。 ふたりの動きにつれて布団の隙間から冷えた空気が入り込んでくるが聡の体の温かさが守ってくれる。
「瀬奈はあたたかい。ここも……ここも……」
 あちこちへ唇をつけながら布団の中へもぐるように聡の頭が下がって行く。肌着を押し上げてかすめるように聡の唇が瀬奈の胸のつぼみに触れると瀬奈の胸が大きくそらされた。
「…………」
 瀬奈がまた小さな声を漏らしたようだが布団の中の聡には聞こえない。 見えない聡にもぐりこまれ指と唇がなぞるように肌に触れるその感触だけが動いていく。下へ下へと下がっていく感触。そして両足の間に聡の体が入ってもう足が閉じられなくなる。

 とくん、とくんと瀬奈の心臓が脈打つ。
 これから受けるだろう聡の愛撫を知っている。聡がもぐりこんだ布団の中で瀬奈の開いた両足と彼の体の間に作り出されたわずかな空間。閉ざされたような暗闇の中で彼はそれを見ているに違いない。瀬奈からは見えなくても間近に彼の息を感じる。 瀬奈の隠した期待のように心臓が脈打つ。とくん、とくんと……。
 聡の指で体の中心が開かれるのを感じてもいつもほど恥ずかしさが感じられない。自分からは見えないせいだろうか……。
「あ……っ」

 入り込む指。
 自分でも感じられる潤いに瀬奈は体に力が入らない。うずくような熱さに支配されてしまっている。開いて投げ出してしまった両足。
「待っていてくれた?」
 聡の指を感じているのにそれよりももっと自分の脈動を感じる。とくん、とくん、とくん……。
「脈打っているね」
 そう言われて瀬奈は恥ずかしくてもがきそうになってしまったが、聡の指は入ったまま動かない。動かないからこそ瀬奈には聡の指を締め付ける自分の脈動がひくつくように感じられる。
「聡さん……あきら……」
 がまんしきれないように布団の中の聡の首へ抱きついて引き寄せる。それに応えるように瀬奈を求める聡の唇。今夜の瀬奈の情熱に応えてやりたくて、瀬奈の女らしい要求を高めてやりたくて、でも瀬奈の唇へ入り込む舌も愛撫の手も瀬奈を求めている。 何よりも聡が瀬奈を求めている。

 瀬奈の開いた唇が聡の舌でなぞられて濡れていく。聡の指が濡れていくように瀬奈の唇も濡れていく。
 いつのまにか自分の熱が聡に倍増されて返されているように感じる。その証拠にうるんだ体がもっと大きな刺激を求めている。どうにかして欲しいような欲求。聡の指はていねいに動いている。 なめらかな動きで花唇の真ん中のふくらんだ突起をこすられて瀬奈の体はその瞬間に
びくんと跳ねてしまった。
「あ……」
 いってしまった。あれだけのことで……。
 恥ずかしくて、でもまだひくついている中心はどうすることもできない。聡がそっと指を離して笑う。
「今夜の瀬奈は特別?」
 からかうように言われて思わず瀬奈の頬が赤くなる。暗い中でも瀬奈の頬が赤いのが聡にわかってしまったらしい。
「真っ赤っ赤、瀬奈。感じすぎだよ」
 でも抱き寄せられて彼の固くなったものが瀬奈にも感じられた。彼だって熱い。瀬奈と同じくらい……それなのに。
「瀬奈、俺はすべて瀬奈のものだよ」
「うそ……」
 瀬奈を夢中にさせているのは聡だ。毎日の暮らしでも彼の思いやりを感じる。今の聡は瀬奈を信頼して家事や家のことを任せてくれているが、瀬奈が大変そうなことは進んで手伝ってくれる。仕事のことも話してくれる。 ずっと独立独歩で生きてきたあの聡さんが、と瀬奈が思わずにいられないほどに。
 そんな聡に瀬奈の祖父の田辺も仕事のことはすっかり安心して任せている。瀬奈と結婚して今や本当の家族になった聡を祖父は信頼して満足している。

 でも……聡さんの変わっていないところもあるわ……。
 ベッドの中で瀬奈を抱き寄せる腕。かつての火のついたような激しさは影をひそめてしまったがそれでも瀬奈を抱き寄せる彼の情熱は以前と変わっていなかった。いや、むしろ思いやりと落ち着きを持って情熱を内へ秘めたような彼の愛撫にいつだって瀬奈は体がすっかり緩められてしまう。 体とともに心も緩められてしまう。今も聡の固いものが瀬奈の太ももをなぞり上げている。押し付けるように触れる彼が熱い。 力強くその熱さを押し付けている。
 そんな聡さんへわたしはどれほどのものを返せるかしら……?
「わたしだって聡さんのものだわ……」
 聡がうれしそうに笑うと体を下げて今度は瀬奈の花唇へ口づけした。まだ緊張の残っている瀬奈の中心を開かせて舌で愛撫する。あおむけのまま足を開かれ聡の舌が瀬奈を身動きさせない。さっきの余韻がまだ残っているのに、 瀬奈が動けなくなっているのがわかっているのに、聡はぎりぎりまで瀬奈を高めていく。
「あっ……あ…」
 彼を待っていた瀬奈を聡がゆっくりと押し開いていく。やさしいけれど強い力で。
「熱い……瀬奈の中」
 入り込んだ聡が動きながら言う。それを聞くのも恥ずかしいのに、聡に満たされて繰り返される動きに難なく高まっていく。震える内側の感覚が瀬奈を押し上げて繋がりながら何度もキスをして息が上がっていく。
 ああ、もう耐えられないと瀬奈が感じたその瞬間にしびれるような快感が駆け昇る。押し寄せるふたりの快感とともに聡の体を強く引き寄せる瀬奈の腕が聡のすべてを解放させる……。

 この世のただひとりだけの伴侶。
 すべてをゆだね、ゆだねられてお互いがぴったりと合わさっている。
「ああ……」
 熱のこもったような布団の中で瀬奈と聡の愛情の匂いが感じられる。 外を覆う雪にもこの家の中は、このベッドには別天地の空間が広がっている。瀬奈の香りのこもった、聡の情熱のこもった、ふたりの空間。

 やっとふたりが顔を布団から出した。抱き合ったまま枕にうずもれるように布団の下からふたりの顔だけが覗いている。
「愛している?」
「愛してる……」
「俺も愛している。瀬奈を愛している」
「わたしも……聡さん……愛し……てる……」
 小さくなる瀬奈の声。今は静かに感じられる脈。ほほ笑んでいるような甘い表情のまま穏やかな眠りに瀬奈のまぶたが閉じられる。

 窓の外には静かに降る雪。
 こんな夜には贈り物が来るかもしれない。

 聡は眠ってしまった瀬奈の胴へじっと手をあてていた。今夜は柔らかな瀬奈の体の中に小さな贈り物が宿るかもしれない。

 雪に閉ざされた、冬の夜の贈り物。

終わり


2008.12.05
花のように笑え 拍手する

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