芸術家な彼女 12

芸術家な彼女

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12


「立原さん」
 パーティーが終わって駐車場の車のところへ戻る途中で私は話しかけた。
「滝口さんのご主人と村松さん、立原さんのこと知っていたんだね……」
「うん? そうだな」
「どうして……?」
 立原が振り向いた。
「俺、サッカーのチームにいたんだ。Jリーグの。高校を卒業してすぐに入団した。2年後に全日本の代表になって1試合出たところで病気になっちゃったんだ。笑っちゃうだろ? サッカー選手がケガじゃなくて病気になるなんてさ」
 ……笑えるわけがなかった。
「無理して、自分でも体調が悪いのがわかっていたのに休むわけにはいかないって、全日本に入ったんだからこんな時に休めないって。だからトレーナーにも言わず医者にも診せずに、そしたら見事に悪くなって半年近く入院したよ。だからプロはやめたんだ。 病気のせいで目も少し悪くなっていたし。そういうわけ」

 じゃあ、立原が眼鏡をかけていたのは……。
 あんなにも私に無理するなって言っていたのは……。

「立原さん」
「サッカー選手なんて中途半端でやめたらつぶしがきかない。でも俺は親父の会社で働くことができたし、サッカーは好きだから2年前からまたやっている。まあ、昔とは比べようがないほど走れないけどな。 もうサッカーなんて二度と無理だって思っていた時もあったけれど、俺はボール蹴るのが好きなんだよ。ただ好きなんだ」
 わかるような気がする。私も花を作るのが好きなんだ。お金にならなくても。
「だから望にも応援に来て欲しい。俺がボール蹴っているところを見て欲しい。人から見れば
プロをやめてもまだ未練たらしくやっているプレーだけどな」
 気楽な立原には珍しく自虐的な言い方。
 そんなことない……きっと。
 立原がプロをやめてもまだ好きなサッカーだもの。本当に好きなものからは離れられないってそれは私にもわかる。
 目の前にいる立原。じっと私を見ている。
「応援、行くよ」
 精一杯ほほ笑んで言った。

 立原が私の手を握るとそのまま引き寄せられて唇が重なった。
「今日の望、きれいだ」
 セオリー通りに攻めないでよ……でも、それでかまわなかった。なんで立原がお気楽なのか、こんな私を好きになったのか、なんとなくわかったような気がしたから。
「つーことなら早く帰るしかないな」
 おい。あ、これは立原の口癖だわ。

「そっちじゃない」
 マンションへ戻って部屋の前まで来て立原に腕を引っ張られた。自分の部屋へ入ろうとして。
「今夜はこっち」
 つまり立原の部屋のほう。引っ張られて腕を取られてそのまま立原の部屋へ入った。彼の寝室。初めて入る。うわ、ダブルのベッドだよ、いやらしい。
「シャワー浴びる? でもその前に」
 またキスされる。もう部屋の中でなんの遠慮もないって感じで。
「あ……ふ」
「シャワーなんてどうでもいいかな」
 やだ。いつも小汚い私なんだからそれくらいさせて。

「……んん……」
「望……ここ?」
 真っ暗な寝室のベッドの上で体を探られている。彼の顔も見えないけれどキスを繰り返してだんだんと暗闇に目が慣れて来ると彼のシルエットくらいわかる。でもそれがわかったからといってどうにもならない。
 手と唇で探られて、触れらて、それが確かめられるように繰り返される。私の息が引きつけられるように飲み込まれるところを。繰り返し。

「あ……」
 足を開かれて彼の指がくちゅっと音をたてて入り込む。
「…………」
「暗いけどよくわかるよ、ここも」
 小さな突起が彼の指にとろりとこすられる。
「……や、だ、……そんな」
 でも彼の指がまた入ってきて動いている。
「すごい。感じている?」
 指でまた突起をこすりあげられて、ふるっと震えがくる。もう一方の手を私の背中の下へ差し込まれてその愛撫で私が否応なくのけぞると胸の頂点が口に含まれる。
「あ……ん……」
 だらりと両腕を投げ出してもう彼に抱きつくこともできない。立原の両手と口と……もうされるがまま。
「のぞみ……好きだ……」
 彼の言葉にきゅっと体が反応した。好きだ……好きだ……。
 私だって……好きじゃなきゃこんなふうにならない。立原が好き……って気持ちに気がついたから体が反応する。好きだから……どんどん溢れてくるような気がする。こんなの初めて。

「俺……もう限界」
 立原が言うとコンドームをつける気配。すぐに私の中に入ってくる。なんだか濡れすぎていて抵抗もないみたいで恥ずかしい。
「やわらかいな……あったかくて、やわらかくて……でもきついんだ」
 彼が動きながら言う。
「望の中ってすごく気持ちいい……すぐにいっちゃうよ」
 そう言いながらさらに動く。ぐんぐんと押される感覚。何度も。
 いっちゃうのは私だよ。そんなことしたら……。

 ずっと暗い中で寄り添っていた。お互いの表情もわからない。
 立原とこういうことをしたのは2度目だけど1度目は何と言うか、私も半分正気じゃなかった。だから今夜のほうがずっと実感がある。立原が好きなんだという実感でもあるんだけど……。
 立原は黙って私の体をなでている。
「寝ちゃったの?」
 立原に言われて首を振る。
「ううん、ただ……こうしているだけで」
「だけで?」
「うん、いいかなあって……」
「俺はよくないかも」
「え!」
 立原が動いて彼の体が触れてくる。もう元気になってるよ、立原。体力があるよ。私は体に力が入らないような気がするのに。
「もう今夜は……」
「いいじゃん。遠慮するなよ」
 してないよ。してないってば。ちょっと、あ……。


 朝になって目が覚めると私は予想通り疲れていた。
 慣れないパーティーなんてものに出て、それから立原と……。そんな私に立原は先にベッドを出る。
「朝飯、俺が作るから」
 立原が出してくれた彼のシャツを着てやっとのことでダイニングの椅子に腰をおろした。 パンやコーヒーを運びながら眼鏡の立原が笑う。
「おまえ普段ちゃんと食ってないから体がもたないんだ。だから言ってるだろ」
「食べてるもん」
「じゃあ体力つけろ。精神力だけじゃどんな仕事もできないぞ」
「体力奪ったのは誰よ?」
 立原があははと笑った。
「じゃあ俺は良くなかった? 疲れただけ?」
 ぬけぬけとそんなことを私に聞かないでよ。
「……よ、かった……」
「だろ?」
 赤くなって黙りこんでしまった私。
「おまえもすごくよかったよ。1回じゃ離れられないよ」

 すごく……すごく恥ずかしい。そう言われるなんて。
 別に気取っているわけじゃないけれど、こういうことにほとんど縁のなかった私。立原はいつでも何のこだわりもなくこういうことを口にするけれど、やっぱり私は「よかった」なんて言われるのも言うのもすごく恥ずかしい。
「でもちょっと望にはキツかったかな。ごめん。俺もやめられなかった」

 前に座った立原が私に謝る。
 どうしてこの人は私にすんなりそう謝るのだろう? 強引そうで、そのくせ優しくて……なんで私にって、いつも考えていた。
 だけど夕べ、立原が病気でプロをやめたことを聞いて……全日本って言っていた。それって
きっとすごいことなんだろうと思う。……私にはわからないけれど。
 それをあきらめて、きっといろいろとあったのかもしれない。簡単なことじゃないよね。 今の立原はサッカーは好きだからやっていると言っていた。その気持ちはわかるような気がする。でも全日本なんてすごいことになった人がまたこだわりなくサッカーをできるものなんだろうか。
 この人は、立原は……そういうことを自分の中で納得してきているのだろうか……。

「怒ってる?」
 私の考えていることがわかるはずもなく、トンチンカンに聞いてくる立原。
「怒ってないけど」
「じゃあさ、俺と一緒に走るか?」
「は? 走るって?」
 意味がわからずアホ面で聞いてしまう私。
「いつも朝、走っているんだけど。ほとんど毎朝。ランニングだよ。今日はもう少ししたら行くかな。おまえも一緒に走るか?」
 ひぃー、それだけは勘弁して。高校を卒業して以来運動とはきっぱり縁を切っているんだから。立原が毎朝ランニングしているなんて全然知らなかった。
 まだこの人に関しては知らないことだらけだ……。


2008.01.14掲載

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