過ぎゆく夏の空

過ぎゆく夏の空

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 夏の盛りの陽射しに照らされてはいても都会の暑さとはどこかが違う清澄な風。
 二階にある主寝室の窓から見下ろすと庭はさまざまな植物が植え込まれた英国風な感じであることがよく見てとれた。その庭で三生が別荘の管理人の北村夫婦となにかを話している。白い布の帽子をかぶって水色のノースリーブのシャツを着た三生の顔はここからは見えなかったが、楽しそうに話している様子はわかる。妻の声を聞きながら高宮は庭を見ていた。

「雄一さん、見て」
 高宮が階下へ降りて行くと三生が持っていた草花を見せた。房咲きの白い花や青紫の花。そして美しい白っぽい緑の葉。それらの花の名前を高宮は知らなかったが、三生は抱えた花を大きな白い花瓶へまとめて活けていた。
「北村さんが切ってくれたの。部屋に飾ってくださいって。とてもきれい」
「北村さんの丹精のおかげだね」
 リビングルームの入口に立った北村がうれしそうにお辞儀をした。
「北村さん、ありがとう。あとは夕食のときに頼むよ」
 高宮に言われた北村が夕食の時間を確認してから出て行くと三生がまた庭へ出た。三生は車で帰っていく北村夫婦に手を振っていた。まるで子供みたいだな。高宮はそう思ったがそれは言わなかった。袖なしのシャツから出た三生の腕が少し陽に焼けたのか、うっすらと赤みを帯びている。
 朝、東京を出て午後の早い時間には別荘へ着いていた。三生はこの休みを楽しみにしていて渋滞もなくスムーズに来られたことを喜んでいた。大学は七月から夏休みだったが、三生は学芸員の資格を取っておくための実習や講習を美術館で受けていた。卒論の準備にも入っていて三生の夏休みの前半は忙しかった。だから高宮が自分の休みを三生の実習が終わった後にしていた。
 外にいる三生に近づいた高宮はTシャツ姿だった。Tシャツにジーンズという完全にオフなスタイル。この服で東京から車を運転してきていた。
 今日から一週間の休み。三生と過ごすために高宮が八月の後半に取った夏休みだった。




 キャスリーンを空港で見送って帰ってきた後で、三生から沢田拓海や早川たちへ自分の母がキャスリーン・グレイだということを言ってしまったことを聞いた。あの時はなんとしても空港へ駆けつけたかったのだと三生は言ったが、そのことを聞いて高宮はやはり驚いていた。三生を抱きしめながら尋ねた。
「言ってしまって、三生はそれでよかったの?」
「うん」
 三生の返事は静かなものだったが、言えばそれがどういうことになるか三生にもわかっていたはずだ。わかっていたから、そのことが知られてしまうことで被る騒ぎを知っているからこそ、世間から見れば秘密にして隠してきたことだった。しかしそれだけではない、別れてしまった母への複雑な思いもあったはずだ。

 母親が女優のキャスリーン・グレイだということを三生が自分から言ってしまうとは。

「ありがとう」
 そのとき三生が夫の手を取ってその手にキスをした。
 三生が見つめている。
「雄一さんのおかげ。わたしがキャスリーンに会える気持ちになれたのも、見送りに行くことができたのも。雄一さんがいてくれたから」
「三生」
「わたし、心のどこかでやっぱりキャスリーンのことを恨んでいたのかもしれない。自分の道を選んだ奔放な人に違いないって。キャスリーンは父やわたしとの生活を捨ててまでそうすることができた強い人。でも、なにも引き替えにしなかったわけじゃないのかもしれない」
 キャスリーンは三生のことを自分なりに愛していると言った。自分なりに。
 キャスリーンなりの愛しかた。
「わたしをコムフォートって呼んだのは、きっと……」
 自由でいられる引き替えの孤独。それでも心の中で忘れられぬものがある。
「だけど、今のキャスリーンには愛する人がいる。わたしにも雄一さんがいるから」
 愛されるだけではなく、愛していきたい。愛されることを望むだけの子供ではなく。
 そう言う三生の瞳が穏やかで決めたことの強さを持っているように見えて、手を取ってキスを返した。
「一生そばにいると約束したからね」
 
 その後、高宮は三生の様子を見守っていたが、三生の母親のことは拓海や早川たちは他の人間には言わなかったらしい。三生の友人の中田美和にも会って高宮から尋ねてみたが、拓海はあれ以来三生には近づいてこないという。
「沢田君、映画の勉強にアメリカの大学へ留学するそうですよ」
 美和はそのとき高宮へそう話していた。
 では沢田拓海も自分の道を選んだに違いない。沢田の向こう見ずだった暴走も高宮には理解できた。



「暑いだろう」
 まだ庭にいてときどきしゃがみこんで足元の草花を見ている三生へ声をかけた。帽子の陰の笑顔が振り向く。
「うん、もう入るね。あ、なにか飲みますか?」
 キッチンへ入っていった三生をソファーへ座って見ていた。東京から車を運転してきたせいだろうか、自分ではさほど疲れているとは思わなかったが、いまは動く気がしない。
 一週間も休みを取ることなど一年前の高宮には考えられなかったことだ。三生のいないあいだ、仕事に没頭して自分を追い詰めるようにしても三生のいない空洞を埋めてくれるものはなかった。
 冷徹と言われたこともある。見かけの物静かな様子に似合わず、と。社長としてそうしなければならないからそうしたまでだが、追いかけるように仕事をしていたあのときの自分は仕事に逃げていた。三生が戻らなかったらきっと変わらずあのままだったかもしれない。
 拓海のことにしても理解できたが、それが許せたのは三生のおかげだったのかもしれない。
 愛する人がいるからこそ、人は人でいられるのだ……。

「はい、どうぞ」
 三生が冷茶を運んできた。本当に楽しそうだなと思って三生の明るい顔つきを見ていた。最近の三生は屈託がなくなってきている。結婚生活に慣れたこともあるだろうが、今までは三生に
とってもめまぐるしい日々だったはずだ。父親が亡くなってから半年足らずで結婚して、留学をやめたことも含めてかなり急激な変化だった。それも今は落ち着いていた。
 そしてキャスリーンを見送った後の三生の中のゆるやかな変化。それを高宮は感じていた。




 ゆうべの三生。
 高宮の指が動くたびに三生が小さく首を振った。三生の潤んだところへ触れながら高宮のもう一方の腕が三生の体の下へまわされて三生の背を反らせている。三生の胸が高宮の下で揺れるのを見ながら指が三生の中心を滑っている。ゆっくりと、けれども絶え間なく擦り上げられて三生から声にならない喘ぎが何度も漏れて体がもがくように動いてしまっても高宮の腕は決して三生を離さない。
 そして三生の手が彼に触れていた。高宮の熱さを包んでいる。三生がもがくにつれて手も動いてしまうのがたまらないほど感じさせる。今まで三生がこんなことをしたことはなかった。三生の手に包まれて伝わってくる快感が熱さを張り詰めさせている。与えながら与えられる快感がお互いをより引き寄せ合う。
 三生の息が荒くなって腰を浮かせている。求めるように。それなのに三生は声を抑えようと手を口へ当てた。
 ふたりきりなのに。体は愛撫に降参しているのに、それなのに恥じらいで声を抑えようとしている。

「声を聞かせて」
 キスをして三生の口へ当てている手をはずさせてしまう。耳元へささやくと三生の中へ入る。やわらかいのにきつい三生の中。押し開かれる圧力を我慢するように三生がまた首を振った。
「っあ……」
 短い三生の声。それがいっそう彼を高ぶらせる。
「苦しい?」
「ちがう……すごく……っ!」
 もういちど擦り上げるように腰を往復させると三生がきつく抱きついてきた。そのまま体を繋げたままで抱き起こして座らせる。
 こんな体勢になって三生は目を閉じてしがみついていたが、高宮がそっと両手を持って腕を開かせた。粟立つように固くなっている胸の先端に高宮の唇が触れる。両腕を開かせたまま胸の先端を含むと三生の中がきゅっと締め付けたのが感じられた。三生の肩がすくむように狭まる。

 ただ愛だけに夢中になって求め、与え合う喜びに浸っている三生の表情。自分しか知らないその顔が見たくて、自分にしか見せないその表情に囚われている。
「雄一さんが……熱い……」
 三生に言われて少し笑う。やっと気がついたのかと。
 この悦びが実を結べばと思っているのは三生だけではない。
「三生を愛している。こんなにも……」
 三生の背中を支えながら乳房を手のひらで包み込む。息をするたびに上下している乳房が手に吸いつくようだ。手で揺するたびに三生の体が無意識なのか上へ逃げそうになるが、体を動かしたことで結びつきがさらに深まり、三生が耐えきれないように喉を反らした。体を揺するたびに三生が自分の体を支えきれなくなって腰を落としてくる。
 切なげに目を細めてしまっている三生の閉じられない唇からは息が漏れている。

「雄一……、愛して……る」
 こんなにも求めていることを言ってくれる。
 熱い三生の中へ身を沈めるたびに溶かされるような快感が走る。知ってはいるのにそのたびごとに新たな快感を呼び覚まして高められた本能が解放を求めている。
「愛している」
 何度も繰り返した言葉をささやく。何度言っても、何度繰り返しても、言わずにはいられない湧き上がってくるような言葉だ。もう三生はそれには答えられない。
 抱きしめて肌の下の熱さをひとつにしていく。引き絞られるような三生からの強い快感に自分の熱さを注ぎ込む。
「愛している……」

 大きく息をしながら三生がすがりつくように高宮の肩へ顔をつけている。体を支えて横にならせても三生の手が離れない。達した後の余韻を残す三生の呼吸が落ち着いて静かになってもお互いの肌を触れ合わせたまま。 体の熱が冷めてもこんなにもぴったりと寄り添える。三生が抱き合ったあとの寄り添う時間が好きなように、高宮もまた三生が傍らにいてなんの不安もなく身を擦り寄せているこのぬくもりがなによりも愛おしい。

 愛するために。愛されるために。
 このぬくもりを抱いて生きていく。
 一緒にいる日々、ふたりで眠る夜を繰り返していく。

 愛しい人。
 ただひとりの人よ……。






「三生」
 ソファーへ座って寄りかかったまま三生を呼んだ。
 開けた窓の外に見える輝くような空。まだ強い陽射しだったが、どこか涼しさを感じさせる空気に午睡を誘われている。
「なあに?」
 前に来て少し首を傾げるようにして三生が問う。ほほ笑んでいる三生の顔。高宮もまたほほ笑んで三生の腕を引く。胸にもたれてきた三生を抱きしめたまま目を閉じた。

終わり


2011.04.08
窓に降る雪 拍手する

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