夜の雨 盂蘭盆会夜話


盂蘭盆会夜話

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 八月は魂が帰ってくる季節。

 とは誰が言ったのだろう。思い出そうとしても思い出せない。思い出すことはあきらめて秋孝さんが書斎にしている部屋のドアをノックした。
「ああ、ありがとう」
 私が冷たいコーヒーのグラスを置くと秋孝さんがパソコンの画面から顔を上げてこちらを向いた。
「秋孝さん、お盆になったら実家のお墓参りに行こうと思っているんですが」
「お盆?」
 秋孝さんはちょっと考えるような表情で言ったが、わたしが答える前にすぐにわかったようだった。
「お盆か、そうか。いつ?」
「お盆は十三日からなのでその日に家に行って、ひと晩泊ってこようと思うんです。翌日には帰ってきますので」
「俺はかまわないよ。行ってくるといい」
 秋孝さんがそう言ってくれて安心した。秋孝さんは必要な家事はできるし、二日留守にするくらいはなんでもない。ただ、このところの彼はずっと書斎でパソコンに向かって書き物をしている。電話をしたり、仕事の打ち合わせに出かけることもあったが、家にいる時間のほとんどは書斎にいて、昼間は時々ひと休みするために出てきて自分でコーヒーを淹れるくらいだ。

「電車で行くのか?」
 またパソコンに向き直りながら秋孝さんが聞いてきた。
「はい、そのつもりです」
 秋孝さんが車を買ったので、わたしが結婚する前から乗っていた軽自動車は手放してしまった。十年近く乗った車だったから買い替えるつもりだったが、秋孝さんも毎日車で通勤する仕事ではないので、車を二台持つのは不経済だ。一台にした車にわたしが乗って行ってしまうと留守のあいだに秋孝さんが使えないし、お盆の時期は車も混むので電車で行こうと思っていた。

 お盆までには一週間ほど日にちがあったが、秋孝さんはそれ以外にはなにも言わなかった。彼は書斎での仕事を続け、わたしは家の横側のガレージの一部を染めの作業場にして仕事をする日々だった。
 夏は洗ったものや干したものが早く乾く。気温や水温など糸を染めるときのこんな条件の違いも微妙な染め上がりの違いになって現れる。夏には夏の色があり、夏にしか染められない色がある。それに一歩でも近づきたくて染めの作業を繰り返していた。ゆっくり夏休みが取れるような余裕はなかったけれど、でも、お盆は別だ。
 両親亡きあと祖父母に育てられ、そして祖父母を見送ったわたしはずっとお寺やお盆やお彼岸などの行事が身近だった。祖母が亡くなった後も、そして結婚してからもできるだけお盆やお彼岸はお墓参りをしていた。

 秋孝さんにお盆と言ったときに聞き慣れない言葉のように怪訝な顔をされたが、秋孝さんにとってはアメリカでの暮らしが長かったせいだけでなく、お盆やお墓参りは全く縁のないことだったのだろう。
 秋孝さんが一緒に行ってくれたらと考えなかったわけではないけれど、やはり今年はひとりで行こう……。






「秋孝さん、そろそろ出かけますね」
 出かける日、バッグを持ってから行ってきますを言うために秋孝さんの書斎の外から声をかけるとすぐにドアが開いた。
「え……?」
 思わず声が出てしまった。
 出てきた秋孝さんがスーツを着ていたからだ。ネクタイは締めていなかったが、仕事用の黒いスーツだった。
「俺も一緒に行く」
 そう言って秋孝さんは書斎から出てドアを閉めた。
「え、でも、秋孝さん、仕事は……」
「急ぎの仕事ではないから大丈夫だよ」
 驚いているわたしにかまわず秋孝さんはリビングを出て玄関へと向かった。
「あの、でも……」
 靴を履いている秋孝さんに追いついて言いかけると彼は振り返ってわたしを見た。
「俺が車を運転して行くよ。泊るところは希和の家だろう。なにか問題あるか?」
 問題なんてない。でも、とまた言いかけたわたしの目をのぞき込むようにして秋孝さんが向き直った。
「それとも希和は俺が一緒では嫌なのか。もしそうならあきらめるが。嫌か?」
 ……嫌なわけがない。そう答える代わりにあわてて首を振った。単刀直入に言ってくる秋孝さんにそうしなければ彼の気が変わってしまうように思えてすぐに言った。
「嫌じゃないです」
「そうか。じゃあ出かけよう」
 なにかを用意する暇もなく、もう秋孝さんは玄関のドアを開けて車へと向かっていた。

 車で東京へ向かうあいだ、秋孝さんはほとんどしゃべらなかった。
 お盆ということもあり渋滞が始まっている下りの道に比べて東京へ向かう道はまだそれほど混んではいなかったので車は順調に走っていたが、秋孝さんは話すこともせずに運転するばかりで車内にはナビの音声だけが響いていた。秋孝さんは不機嫌そうには見えなかったが、でもほとんどしゃべらない。着ているスーツは真夏なのに黒いもので、シャツは白だった。喪服ではなかったが、黒いスーツと白いシャツの組み合わせはわたしがお墓参りをすると言ったからかもしれないが、なんとなく気になってわたしもあまり話せなかった。

 実家に来るのは久しぶりで、まず家に入ると窓を開けて空気を入れ換えた。もう午後になっていてとても暑くなっていたが、それでも窓から外の空気が入ってきてほっとした。電気と水道は使えるようにしてあったのですぐにお仏壇をきれいにしてお盆の仕度に取りかかった。その後にお寺へ行ってお墓参りをするつもりだった。
 秋孝さんがこの家に来たことがあったのは一度、いや二度だったか。結婚を申し込みに来たときと、その後の話をしに来たときと。それだけだったから秋孝さんが仏壇のある部屋に入ったのは今日が初めてだった。家でのお盆というものを見たことがなかったのか、秋孝さんはわたしが持ってきた花と果物を供えてからお線香をあげるのを黙って見ていた。彼の視線を感じつつも手を合わせ、顔をあげると秋孝さんがすっと近づいてきた。
「俺も線香をあげてもいいか」
「あ、はい。どうぞお願いします」
 仏壇の前を代わると秋孝さんが線香に火をつけてから仏壇を見上げた。上から下へと仏壇を確かめるように見て、それからお線香を香炉に差して手を合わせた。慣れないことを丁寧にしてくれているという様子だったのだが、見慣れない秋孝さんの手を合わせる姿だった。

「ありがとうございます」
 わたしがお礼を言うと秋孝さんは仏壇の前から下がってわたしを見た。
「希和」
 向き直った秋孝さんの声が古い家の中で低く響いていつもとは違う声音に聞こえた。
「はい……?」
「聞きたいことがあるんだ。聞いてもいいか」
 秋孝さんのわたしを見る目にどきりとする。黒い彼の目が視線をはずさずにわたしを見ていて、こんなとき彼はなにかを追求しようとしているときだ。なにか……と考えかけて彼がまだなにも言ってないのに、ふっと秋孝さんが聞きたいことがわかってしまった。
 だって八月は魂が帰ってくる季節……。

「お母さんの……ことですか」
 わたしが先に言うと驚きもせずに秋孝さんがうなずいた。
「そうだ。俺は母の骨がどうなったのか聞けずにいた。もしかしたら希和が預かっていて、この家の仏壇に置いてあるのかと思ったが、だが、ここにはないようだ。希和は知っているはずだ。教えて欲しい。母の骨がどこにあるのか」

 いつかは秋孝さんに話さなければならない。そうは思っていたが、秋孝さんのほうから聞かれるとは思っていなかった。まだ、いまは。
 でも勇気を出して、なるべく静かに言った。
「お母さんのお骨は、わたしの家のお寺にお願いして預かってもらっています」
 そう言うと彼の表情が一瞬翳ったようだった。わたしの家のお寺は、お墓の都合や家の事情などですぐに納骨できないときなどにはお骨を預かってくれるのだと説明すると秋孝さんはそうか、とだけ言って押し黙った。
「すみません、どうしたらいいのかわたしが決めてしまうこともできなくて……」
「いや、希和がそうしてくれて良かったと思う」
 そう言いながらも秋孝さんはなにか考えているようだった。

 本当ならばお母さんは初盆だった。でも、それができないならせめてわたしだけでもお線香をあげたいと思ってお寺に行くつもりだった。秋孝さんが急に一緒に行くと言ったときにはもしかしたらと思ったけれど、秋孝さんがまだお母さんのことを許せないでいるのなら、お母さんの眠るところには行かないだろう。そしてわたしも彼の心の深いところにある思いには簡単には触れられない。

「あの、お寺にはわたしひとりで行きますから」
 そう言って秋孝さんの表情を窺うと、彼はすっと視線をはずして言った。
「いや、……行こう」








 午後の西日が痛いくらいに暑く照っていた。
 上着を車の中に置いて半袖のシャツ姿になった秋孝さんがお寺の境内を歩いていく。墓地でわたしの家のお墓に水と花を供え、線香をあげて手を合わせると、となりで秋孝さんも手を合わせていた。
「本堂へ行きますか」
 わたしが言うと秋孝さんは墓地の向こうにある本堂のほうを振り返った。あそこにお母さんが眠っている。

 墓地の中の狭い道をわたしが先に立つようにして本堂へ向かうと、本堂のとなりに建つ庫裏(くり)の玄関が開けられていて、お盆のお参りに来たと思われる人たちはそちらから出入りしていた。
「住職さんにお話しして、お参りさせてもらうようにしますね」
 そう言うと秋孝さんは黙ってうなずいた。

 窓が開けられて自然の光しか入ってこない本堂は日陰よりも暗かったが、いくつかの電器製の燈明がつけられていてすぐに目が慣れた。本尊の後ろ側には段状になったところにたくさんの位牌(いはい)や骨壺を納めた箱が並べられていて、そのうちのひとつに住職が「こちらですよ」と案内してくれた。そこには白木の位牌と白い布の箱が置かれていた。
 わたしがお礼を言うと住職さんは庫裏へ戻っていったが、その間も秋孝さんは位牌を見つめて動かなかった。戒名とその横に小さく書かれた俗名、秋孝さんのお母さんの名前をじっと射すような視線で見ていた。硬い表情と怖くなるような秋孝さんのまなざしだったが、ややあって秋孝さんは振り向いた。
「希和、どうしたらいい?」
 聞いてきた秋孝さんにためらいつつも持ってきたお線香を差し出した。
「お線香をあげましょう」
 火をつけた燈明のろうそくから線香に火をつると、一本を秋孝さんに渡し、受け取った秋孝さんは少しのあいだ手に持った線香の赤い火を見つめていたが、位牌とお骨に向き直ってその前に線香を差すと手を合わせて瞑目した。

 秋孝さん……。
 
 となりでわたしも線香をあげ、そっと手を合わせた。
 彼の心の内を見ることはできないけれど、秋孝さんがこうしてお母さんに手を合わせている。
 家族との縁を自分から断ち切っていた秋孝さんが。
 お母さんが亡くなる間際にも会おうとはしなかった秋孝さんが、お母さんに……。

 顔をあげると秋孝さんもほぼ同時に手をおろした。となりにいるわたしを振り返った秋孝さんはいつもの秋孝さんだった。
「母はもうしばらく寺で預かってもらっていてもいいだろうか。いずれはちゃんとした形にするということで」
「はい……、お寺のほうは大丈夫です。住職さんも家族がそういう気持ちになったらそうすればよいと言われてましたから……」
 家族と言ったことにも秋孝さんは表情を変えなかった。
「ありがとう、希和。希和のおかげでここに来ることができた。ありがとう」
 そう言って頭を下げた秋孝さんにもうなにも言えなくなってしまって、わたしももう一度位牌に向かって頭を下げた。

「帰ろう」
「はい」
 今度は秋孝さんが先に立って本堂から出ると、靴をはいたところで振り返った秋孝さんの瞳に呼ばれたような気がして並ぶと背中に彼の手が触れた。軽く触れた彼の手を感じながら、寺の門までの短い道を並んで歩いていった。






 すっかり日が暮れきってしまう前に、ずっと祖母が仏壇で使っていたマッチの箱を手に取って玄関から出ると門扉のところで迎え火を焚いた。素焼きの皿の上で燃える炎と煙はいつ見てもなんとなく物悲しいが、今年の迎え火はいつもとは違っていた。秋孝さんが黙って火をつけてくれて、となりで炎を見つめていた。

 お寺から戻ってきてから秋孝さんはもうお母さんの話をすることはなかったけれど、迎え火の炎を見る彼の目の奥の光がいつもよりずっと柔らかく感じる。
「希和は着物が似合うな」
 秋孝さんに急に言われて自分の着ている浴衣を見おろした。
 これは祖母が見立ててくれたもので、雪花絞りに藍染めがされた浴衣は祖母がわたしにとても似合うと言ってくれた柄だった。
「秋孝さんも、とても似合ってます」
 そう言うと秋孝さんは「そうか?」というような顔をしたが、すぐにまた迎え火に目を落とした。
 秋孝さんが着ている着物も、祖母がわたしの結婚相手のためにと反物を用意しておいてくれたものだ。灰黒色の麻の単衣は、結婚したときに仕立てておいたものの着てもらう機会もなくこの家に置いてあったのだが、お風呂で昼間の汗を流した秋孝さんに着てみますかと尋ねると、照れもせずに袖を通してくれた。着物を着るのは初めてだと言ったが、姿勢の良い秋孝さんに着物は良く似合っていた。
「希和のおばあさんが用意しておいてくれたものだからな」
 おばあさんと言った秋孝さんの言葉にちょっと胸が詰まった。秋孝さんは小さくなっていく迎え火の赤い光を見ていたけれど、その横顔が今まで見た彼のどの顔よりも好きだ。
 じっと見つめていたからか、顔をあげて秋孝さんが少し笑った。
「希和はいつもそうやって俺を見ているな。ずっと前、クラフト市で会ったときから」
「……はい」

 見つめることしかできなかったから。
 秋孝さんを別の世界に住む人だと諦めようと思っても、ただ思っているだけでいいからと見つめていた。
「好きだったから……、見ているだけでいいと思っていました。ずっとずっと好きでした」
 言ってから顔が赤くなった。今さら告白みたいなことを言ってしまった。
 けれども秋孝さんは動じることなく、すっと顔を近づけてきた。
「いまは?」
 そう聞く秋孝さんの目が驚くほど近い。
「いまは……愛しています」
 意外なほどすんなりと言えた。ここは玄関の前で、まだ道には人が歩いてくるかもしれないのに。でも、目の前の秋孝さんの顔しか見えない。
 そのまま秋孝さんが顔を近づけてきた。唇が触れてそっと吸われる親密でやさしいキスがされると、唇をつけたまま腰に手が回されて立つように促された。キスを続けながら立ち上がり、さらにキスが深くなる。
「家へ入ろう」
 唇を離した秋孝さんがもう一度わたしの赤くなっている頬に唇を近づけてささやいた。
 もう迎え火は燃え尽きてしまっていた。
 わたしの手を取った彼の手はあたたかくて、包み込まれた手が熱く感じるくらいだった。いや、彼の手よりもわたしの手のほうが熱い。体の中の熱さそのままに。



 灯りをつけていない畳の部屋には浴衣の擦れる音だけが響いている。
 何度もキスをしながら浴衣の裾を開かれて、膝から腿(もも)へと秋孝さんの手が触れてきていた。裾の下から差し込まれた彼の手が腿から上へと上るのにつれて閉じようもなく両足が開いてしまっている。裾よけも下着も抜き取られ、奥をなでられて足がもがくほどに浴衣の裾が乱れていく。彼の指が襞を分けて差し込まれてきて、思わず息を飲んでしまった。

「そのままでいい」
 耳へと唇を這わせながら秋孝さんが声を吹きこむ。体の奥を振るわせる彼の声に息を荒げることしかできない。布団に座った秋孝さんに寄りかかるように抱かれて、すっかり開いてしまった裾から出ている両足の間に彼の右手が差し込まれているのが嫌でも見える。彼の手が動くたびに、中で指が抜き差しされるたびに水音が漏れてくるのが自分の体がたてている音なのだと思うと恥ずかしくてたまらず、体が逃げそうになってしまうけれども、そんなことで秋孝さんの手は離れない。
 逃げたいのに逃げられない。逃げたいのに逃げたくない。
 ゆっくりと体の中心を混ぜられて、足がさらに開いてしまう。
「あ、あき……」
 恥ずかしすぎて秋孝さんの黒い着物の襟にしがみついて耐えようとしても彼の差し込まれた手に奥をなでられるたびに体がびくついてしまう。小刻みに擦りあげられて体が強張ると、強くひくつきながら彼の指を締めつけてしまった。
 達してしまったわたしを見おろして秋孝さんが微笑んでいた。あまり笑わないのにこんなときに笑いかけてくる、わたしだけにしか見ることのできないやさしい笑顔だった。それと同時に彼の指が離れていく。
 しがみついていた手をなだめるようにはずさせると、まだおさまらない息をしているわたしを布団に横たえて秋孝さんが立ち上がった。淡々とした所作で帯をはずし着物を脱いだ秋孝さんだったが、裸の体が暗い部屋の中でも堂々とした興奮を示しているのがわかった。

 彼もまたわたしを求めている。
 わたしを……。

 わたしは腕を伸ばしていた。横たわったまま彼に腕を伸ばして、来て欲しいと無言で求めていた。
 応えるように秋孝さんがわたしの上にきて、また体が重なり合った。両足のあいだに彼の熱いものが触れて、そして。

「希和、もう一度言ってくれ」
 目の前にある秋孝さんの顔がじっとわたしを見ている。言って欲しいと、その目が言っている。いま、このときに、もう一度と。

「愛しています」
 腰紐が解かれてさらに腰が引き寄せられた。

 あなたを愛している。
 いつもそう言いたくて、それなのにあなたを見ていることしかできなかったけれど……。

「もう一度」
 秋孝さんがわたしの中へゆっくりと入ってきた。
「愛してる……」
 引くことなく入る彼をわたしの中は抵抗なく迎え入れていく。

「希和」
 わたしの中を占めたままで秋孝さんが手を伸ばす。頬がなでられて唇に指が触れると、そっとなぞられた。
「もう一度言ってくれ……」
 
「あ……、愛してる……」
 言うたびに彼の昂りがわたしの一番奥を押す。
 言葉が途切れそうになるのに体を押されるたびにわたしは繰り返す。何度でも。

 あなたを愛している。
 孤独な人生を歩いてきたあなたが、わたしがそばにいることを求めてくれたから。
 少しずつ心を取り戻そうとしているあなたのそばにいたいから。
 
「あ……い……、あっ……」
 いつのまにか秋孝さんに強く抱きしめられ、腕の中で上り詰めていく。続けられる彼からの快感についには震えが走ってしまった。秋孝さんの強く押しつける動きの後で熱いものが体の中へと広がっていく。かつてなかったほどの熱さを体の中で感じながら、秋孝さんがわたしの胸へ言う言葉が聞こえていた。

 「愛している」と――。









「本当にいいのか。もう二、三日泊っていってもいいんだぞ」
 お盆は明けていなかったが、翌日には軽井沢の家へ帰ることにした。秋孝さんはもう少し泊っていくかと聞いてくれたけど、わたしは帰りたかった。
「秋のクラフト市の準備に取りかかりたいんです。染めたい物も、織りたい物もたくさんあるんです」
 そう言うと秋孝さんの黒い目が光った。クラフト市のアドバイザーとしての顔だった。
「期待している」
 彼の声は夏の空気に良く響いた。


                            終わり


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