わたしの中の小さな小鳥 7

わたしの中の小さな小鳥

目次



「危ないことをする」
 部屋の天井をぼんやりと見ていたら声がした。横になったまま顔を向けるとベッドの脇に春彦さんがいた。椅子に座っている。
 ここはホテルだった。そうだ、この前この人に連れてこられた、あのホテル……。
「気分はどうですか」
 いいわけがない。
「もう、放っておいてください……」
 手で顔を覆ってしまった。なにも見たくない。聞きたくない。指から涙が溢れてどうしようもない。
 顔を覆った手に手が重ねられた。春彦さんの手がわたしの手をどけようとしている。この人は泣いている顔を隠すことさえさせてくれないのか。
「うっ……」
 声が漏れてしまったがそれでも顔を覆う手を離さなかった。泣きたくはないのに涙がでて、指の隙間から嗚咽が漏れてしまう。春彦さんがそばにいるのに泣き声を止めることすらできない。
「泣くくらいならあんなことはしないことです」
 春彦さんの声がそう言った。
「あなたはわかっていない」
 あからさまなため息。
 わかりたくない。わかりたくないのに。目をそらしていたかったのに。
 乱暴に春彦さんの手を撥ね退けて起き上がろうとしたが、春彦さんはすかさずわたしの手をつかんだ。痛いくらいにつかまれて無言で揉み合ったが、振り払おうとしたわたしの体はぶつけられるようにベッドへ押しつけられてしまった。
「う」
 あごを手で強く押さえられ、動けない。春彦さんのもう一方の手がシャツの裾から胸へ入ってきて、思わず春彦さんを見てしまった。
「な、なにを」
 春彦さんの手は離れなかった。わたしを見る彼の視線も。
「なんのつもりですか。わたしはほかの男と寝たのに。腹いせですか」
「そう、腹いせしたいくらいだ」
 今まで見たことのないような暗く翳った目で見下ろされながら彼の体がゆっくりとのしかかり、手がわたしの乳房のふくらみをつかんだ。つかまれる感触に体が総毛立つが、それなのに動けない。この人は怒っている……。
「あなたはいつでも自分を押し通そうとする。弱いくせに。弱いくせに強い。そんなあなたが腹立たしい」
 くいと乳首をひねられて、びりっと電流が流されたかのように体が震えた。シャツもブラジャーも押し上げられて、はみ出た乳首へ彼が口をつけた。乳首を強く吸われ噛まれる痛さに胸がのけ反る。春彦さんの唇の隙間から見えるわたしの乳首が赤く突き出している。
「あなたを連れ戻し、できることなら鍵をかけて閉じ込めてしまいたい。あなたを捕えてしまいたい。私をそうまで思わせていることをあなたはわかっていない」
 春彦さんの唇が何度も動く。わたしの乳首を弄ぶように絡められ、力の入った腕で抱かれて体が怯えてもがいても逃れられない。この人は本気だ。
 捕らわれてしまう。このままいったら。

 春彦さんの手がショーツの中へ入り込んでいる。強引に入れられた手に体が引きつった。
「ほかの男に抱かれてどうでしたか」
 冷たく低い声がわたしの内部を震わす。差し込まれた手が足のあいだを広げながら狭いところへ届くと指先が入口に添ってぐるりと回された。びくっと震えが走り体の中心へ恐怖を伝えている。
「やめて……、いや……」
 何時間か前に別の男とセックスしたというのに。体を洗うことすらしていない。こんなこと、できない。
 体を縮こませるようにして抵抗しても腕を抜いていないシャツの背中側を引き降ろされて両手が後ろに絡められてしまった。ズボンも下着も下げられて剥ぎ取られていく。下半身を裸にされて
ベッドへ転がされて、そんな自分の姿に耐えられなくて強く目をつぶってしまった。
 音もなくベッドが揺れた。春彦さんが膝をついて乗ってきている。あおむけにされると黙って足を開かれた。曲げられた両足の膝が手で広げられていて、耐えるように目をつぶっていても感じられる。春彦さんはわたしのほかの男を受け入れたところをじっと見ている。恥ずかしさと屈辱でどくどくと心臓が鳴る。羞恥を強いられて、それなのに動くことすらできない。このまま消えてしまいたい。
 指が触れた。指が左右に襞を開き、開かれたそこへかすかな、あるかなしかの刺激と空気に触れたひんやりとした感じに体がびくんとしたが、わたしは目を開けることができなかった。ゆっくりと指が動きだしていた。
 冷えた表面の奥にある熱いとろみをすくい上げるような水音がする。こんな状況なのにわたしが濡れているのだとその音が教えている。春彦さんの指がわたしのとろみをまとわせて広げるように滑らされ、敏感な突起のほんの先端だけを滑っている。滑らか過ぎる刺激がぴくぴくと突起を震わせて少しずつ上がってくる息が胸を上下させるが、それでもただ耐えることしかできない。太ももがさらに広げられると春彦さんの唇が中心へとつけられた。
 何度も唇で吸われ、なめられる。両足が緊張して腰骨が持ち上がり、開ききったそこを閉じ合わせることもできず、真ん中の小鳥のくちばしのように突き出したものを春彦さんがついばむ。下から上へと動く舌が刻み込まれた快感を思い出させるように絶え間なく動く。溢れ出たとろみが伝う感触の恥ずかしさに後ろ手のままに絡められている手を握りしめても、あごがのけぞり体が反り返ってしまう。
「いや……、い……いっちゃう……」
 体をねじり耐えようとしても、もう止められない。
 わたしの突起を突き破りそうに激しく小鳥が啼く。いきたい、いかせてと。彼の舌についばまれ、狂ったようにわたしの中で啼く。
 彼の舌が離れても、いまにもいきそうに張り詰めている体は動くことすらできない。硬い彼のものが突き入れられてくる。押し込まれ、引くことなく奥まで入れられながらわたしのすべてが彼を求めて収縮した。

 わたしは……。
 どうして、わたしはいってしまうの。
 この人で。この人の体で。
 どんなことをされても……。

 びくびくとした収縮にまかせて荒い息をしながら春彦さんのものを締め付けたままだった。下半身を繋げたままの春彦さんの上半身がわたしにかぶさるように倒されて、その動きが伝わって鈍く突き上げるような快感が押しつけられた。
「は……、あっ……」
 声の出てしまったわたしの唇に触れるもの。柔らかな唇にゆっくりと這われて、こんな体勢なのにわたしはその柔らかさに驚いてしまった。
「な……」
 目を開けるとそこには春彦さんの顔があった。彼はキスをしている。わたしに。
「まだわかりませんか」
 胴の下へ腕が回り、繋がったまま抱き起こされ春彦さんの上に座らされた。後ろ手にされていたシャツを解かれ手が自由になったが、さらに奥へと彼のものが埋まり込んだ。
「あっ……」
「あなたは私が抱くのが上手だと言ったことがありましたね。私がそのときなんと答えたか覚えていますか」
 抵抗するようにわたしはまたぎゅっと目を閉じてしまった。閉じずにはいられなかった。間近にある彼の目を見られない。崩れそうになるわたしの体を春彦さんは両脇へ手を入れて支えながらわたしを向き合わせている。
「私の技術ばかりではないと、そう言ったのですよ。初めての時からあなたは感じていた。驚くほどに。そして私も感じさせてくれた。最初はこんなにも体の相性が良い人がいたのかと思いました」
 春彦さんの腰がふるっと揺すられた。上にいるわたしの中で振動とともに彼のものが突き当たる。ぐずぐずに崩れてしまいそうなわたしの中で硬い彼のものが芯になっている。
「結婚するまではお互いを知らずにいたのに。でも……体だけじゃなかった。いつのまにか」
 言わないで。
 わたしが首を振っても春彦さんは話すのをやめない。
「私は……あなたを」
 言わないで。言わないで。言わないで。
 言わないで――。


 暴かれてしまう予感。またしても体が暴走してしまいそうな予感。それらが全部混ざって押し寄せている。春彦さんの口を塞ごうとしたわたしの手を彼は顔を振って押しやるようにどけた。どけながら唇をつけられた。唇を逸らそうとしても体が動いてしまい、中にいる彼をより強く感じてしまう。腰を浮かせようとしても入り込もうとする舌になぶられて唇もお互いを繋げている下半身も同時に絡め取られていく。
 唇が離されて、そしてすぐにまた角度が変えられて触れてきた。息をするには口を開かずにはいられない。顔を上げるようにされて唇を割られると彼の唇がわたしを吸い込む。彼の体臭にも似た唾液がとろりと舌へ感じられた。
 もう、逃げられない。
 彼の唇がもたらす体内のうごめくような疼きにわたしは屈服した。はあはあという息とともに舌を差し出せばあっというまに激しく絡みつかれ息がもつれあう。近すぎて焦点を合わせることができないまま、お互いが翳った目で見つめ合いながら荒い息とともに唇をつけている。止むことなくかき立てられる快感が甘い痺れに支配されたいわたしを動かした。自分から腰を上下させ、本能だけになってもっと奥へと願う。奥へ、奥へ。 膨れ上がっていく自分を擦りつけるたびに春彦さんの顔が苦痛にも似た表情に歪む。もっと、もっと、わたしにすべてを埋め込んで。もっと奥へ……。
「うっ」
 春彦さんから声が漏れ、わたしの唇を引き剥がした。
「これほど……あなたは私を……愚かにさせる」
 春彦さんの言葉が途切れる。彼が達し、熱い迸りを放ったのがわかった。彼に突き崩されて、体だけではない快感に支配されてわたしは彼の上へ崩れていった。


 裸のまま浴室へ運ばれたらしい。ぷっつりと気を失ってしまったわたしは温かな湯に体を浸されてやっと意識が戻ってきた。春彦さんに横抱きにされていて、彼もまた裸だった。
 黙って春彦さんがわたしを洗っている。湯の中でわたしの肌をなでているだけだったが、腕も足もくまなくなでられて陰部も洗われた。丁寧にきれいにされているあいだもわたしはぼうっとしたままでじっとしていた。
「詩穂さんを追い詰めるつもりはなかった」
 彼の言葉が浴室に響く。
「あなたは私を怒らせる。思う通りにならないから腹が立つ。あなたを好きなのに」
 春彦さんが胸にわたしの顔を抱く。胸の素肌にわたしの頬をつけて。
「できるならあなたを解放してあげたい。そう思っていたのに」
 湯の音と春彦さんの呼吸の音と。彼がしゃべる以外はその音だけ。
「明日、離婚届けを送ります。あとはあなたがサインして出せばいい」

 …………
「わたしは……」
 小さなしずくが頬を伝っていく。
「わたしは嘘つきです……」
 すべてに嘘をついてきていた。この人にも、自分にも。
「知っていた」
 顔をつけている春彦さんの胸から声が聞こえてくる。彼の言うこともすべてを否定して拒んできたのはわたしなのに。
「知っていました」
 春彦さんの声。
 彼は黙って目を閉じたままもたれているわたしの体をなでてくれていた。








 離婚届けを出してもわたしの両親からはなにも言ってこなかった。連れ戻されることもなかった。それもきっと春彦さんのおかげなのだろう。
 そしてわたしは今も弁当工場で働いている。特別ではなく、ただ当たり前に働いている。結婚という契約からも、実家からの束縛からも、それらから離れることは代わりに保証されていたものを失うということだった。そんなものはもう捨てたとわたし自身は思っていたのに正式に離婚をすることで春彦さんはわたしに絡むそういったことを引き剥がした。もうなにもない。それでもまだわたしはこうして生きている。 会社で広川さんを見かけることは滅多にないが、彼を見かけたときはむしろ春彦さんのことを思い出してしまう。
 恋人がいたのにわたしと結婚できた人。家のためにと平気でそれを受け入れた人。春彦さんのことをそう思っていたが、そうばかりではないのかもしれない。春彦さんは、あの人はどうだったのだろう。

 わたしの中の小さな小鳥。
 なにもなくなってしまったね、とわたしにささやくように啼く。
 そうだね、とわたしは答える。
 なにもなくなってしまったから、わたしにただひとつ残っている思いだけがわたしの中の小鳥を啼かせる。

 臆病で淫らな小鳥。暴かれてしまった小鳥。
 啼きながら、もう目を開いている。盲目ではない、目をつぶったままではないと訴える。
 今、わたしの部屋の前に止まっている黒い車に乗っている人が誰なのか見なくてもわかっているけれど、それでもわたしは自分の目で見ずにはいられない。こんなふうに車を止めて待っているなんて。

 嫌な人。
 でも、愛していた。

終わり



わたしの中の小さな小鳥 拍手する

目次      前頁

Copyright(c) 2011 Minari Shizuhara all rights reserved.