副社長とわたし 30

副社長とわたし

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30


 孝一郎さんはマンションの部屋の灯りさえつけなかった。
 なにも言わない。黙ったままキスだけが続く。

 何度もキスを繰り返して。
 途切れ途切れになる息に苦しくなりかけるとやっと彼はキスを緩めた。
「……はあっ」
 わたしの出てしまった声に彼はほほ笑んだ。ほほ笑んでいても部屋の中の暗い陰りが彼の顔を普段は見せない男らしい顔に見せている。

「瑞穂、愛している」
 初めて言われた言葉だった。

「僕と結婚してくれるね」
 彼はわたしが答えるのを促すように見つめている。
 
 わたしは思い切って手を伸ばした。背伸びをするように両腕を彼の首へ回すと彼が顔を下げる。顔が近づいて額と額を触れさせた。

「ばか……孝一郎」
「うん」

「つらかったんだから」
「ごめん」

「ほんとに……心配……したんだから……」
「悪かった」

 小さな声で言うわたしに孝一郎さんが謝る。たとえ何百回繰り返しても答えてくれるはずだけど、わたしが黙ってしまうと彼はまたキスをして、そしてわたしを抱え上げた。





 もう何度もしたキスなのに唇が離れない。深く口中を探られながら、体をなでる彼の手も離れない。息があがってきてやっと少し唇を離すと、また甘く唇をなめられた。
「あ……」
 そんなキスをされたのは初めてだった。濡れた音をさせながら彼の舌がわたしの唇をなぞり、唾液を混ぜ合わせていく。暗い中で唇のたてる音と濡れた感触とが体の中心に響くようなキスを繰り返されながら、彼がわたしの両足のあいだへ入り込む。もう確かめる必要もないくらい潤んでいるわたしを開いていく。

「愛している」
 彼がささやく。体の中は彼に占められたまま。

 わたしも……と、言いたいのに。声に出して言いたいのに。
 体の中と外とで感じている彼にしがみつくことしかできない。彼を感じることだけしかできない。わたしが首を振るようにするとまた彼はほほ笑んで、そしてゆっくりと動き始めた。

 激しい動きではないのに彼が動くたびにたまらなくなる。ゆるやかに繰り返し体を揺らされて背がしなる。彼にしがみついていることもできなくなる。

「……あ、ああっ……」
 体の中心から広がる、溶けてしまいそうなしびれに声がでてしまう。
 熱い接点から広がるしびれに耐えきれなくなって体が跳ねてしまっても、それでも彼に繋げられたまま体は離れない。

「みず……ほ」
 吐息のような孝一郎さんの声が降ってくる。それだけで肌に快感を感じる。わたしを見ている彼の目の光が暗がりの中で見えないはずなのに見えている。

「わた……し……も」
 それ以上言えなかった。
 わたしの中で波打つ孝一郎さんを感じて、わたしはまた震えた。




 やっとわたしの息が収まってくると孝一郎さんはわたしを腕の中に抱いたまま片腕を伸ばして部屋の灯りをつけた。
「瑞穂」
 でもわたしは返事が出来なかった。今夜はそうなる予感があったけれど、立て続けに二度抱かれて、わたしには回数以上に感じられた。
「も、いちど……?」
 わたしのかすれた声に孝一郎さんは笑った。
「瑞穂をこのまま抱きつぶすわけにはいかないよ。それに僕もそこまでタフじゃない。おいで、風呂へ入ろう」

 なみなみと張られたお湯の中に体を沈めながら、孝一郎さんと一緒にお湯につかるというのはなんだかとても恥ずかしかった。さっきまで愛されて、まだ体のあちこちにそのしるしが残っている。
 わたしがお湯の温かさと裸で孝一郎さんの前に抱かれている恥ずかしさで赤くなった顔を隠すようにうつむいていると、うしろからわたしの肩へお湯をかけている孝一郎さんのくすっと笑う声がした。
「かわいいなあ、瑞穂は」
 ちゅっと首の後ろに感じる唇。
「さっきの瑞穂もかわいかったけれど、今はもっとかわいい」
 キスが少し強く吸われる。
「あした会社へ行けなくなったら困ります」
「そうだね。僕もだ」
 胴へ腕が回されて引き寄せられた。彼の胸に顔をもたれさせられる。

「気持ちいい?」
「うん……」
「幸せ?」
「うん……幸せ」
「僕もだ」

「愛している」
「わたしも……愛している」

 わたしも。
 僕もだよ。

 こうして一緒にいたい。たぶんそれはいろいろ大変だろうけど、それでも孝一郎さんと寄り添っていきたい。そして毎日繰り返したい。

 愛していると。
 幸せになれる呪文のように。






 翌朝、仕事へ出かける前に孝一郎さんが言った。
「休みになったらすぐに瑞穂のご両親のところへ行こう。いいね」
「うん……」
「心配しなくていいよ。もう僕の両親には話してある。あとは瑞穂のご両親に結婚を許してもらえるようにがんばるから」
 わたしは孝一郎さんの顔を見上げた。
「うちの両親、びっくりすると思うけど」
「そうかもしれない。でも僕の気持ちを信じて」
「うん……」

 わたしがそうであったように、きっとわたしの両親も孝一郎さんという波に呑み込まれてしまうに違いない。きっとこの人にはそうなる自信があるのに違いない。
 わたしはそれが予想されて笑った。わたしが笑ったのを孝一郎さんはうれしくて笑ったと思ったらしい。孝一郎さんもうれしそうに笑ってまたわたしにキスをした。


 孝一郎さんは言った通り、その日に年末最後の仕事を終えると次の日にはわたしを彼のご両親に紹介してくれた。そして帰省するわたしと一緒に家に来て両親に会い、あれこれあったけれど、わたしの両親も結婚を許してくれた。そしてなんとお正月の二日には孝一郎さんと彼のご両親がわたしの家へ来て孝一郎さんとの結婚を申し入れてくれた。

 まさに怒涛のような展開。
 この行動の早さ、やっぱ孝一郎さんとお父さんて親子だ。社長と副社長だ。

 こうしてわたしは新しい年とともに孝一郎さんの婚約者になってしまった。


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