白 椿 1


白 椿

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 古い、というのはこういうことを言うのだろうか。
 現代の建築から比べたら軒(のき)の低い古い家へ久保田 礼郷(くぼた れいごう)はちょっと頭を低くするようにして中へ入った。旧街道沿いにあるこの家は江戸時代の末期に建てられた民家で、当時の宿場ではよくあるような間口が狭く入口から奥まで続く土間とその横へ座敷がこれも奥へと一列に並んでいる造りの家だった。 土間の一番奥が土間のままの昔の台所でその奥を出れば裏庭だったが、台所にはかつて使われていたという大きな竈(かまど)なども残されていた。家の中は礼郷の記憶とは違ってさほど天井は低くはなく暗い感じでもなかった。
 この家は礼郷の祖父の時代まで使われていたもので、江戸時代から残る民家としてこの時沢(ときざわ)という小さな町の文化財として今は保存されている。礼郷の家である久保田家は礼郷の祖父のときに祖父の仕事の関係から時沢から住まいを東京へ移し、以来東京の住まいが久保田家の家になってしまったが、 曽祖父や祖父の死後もこの古い江戸時代の家の当主は久保田家であることは変わりない。礼郷の父も東京で生まれ育ち、この家で暮したことはなかったが、菩提寺も墓もいまだにこの町にある。
 江戸時代は小さな宿場町であった時沢は今でも旧街道の面影が残り、古びた家並みの並ぶ旧街道沿いは休日にはウォーキングやそぞろ歩きをする観光客も訪れてそののんびりとした風情を楽しんでいた。古い街並みといっても江戸時代の建物は少なく、久保田家のほかは本陣
だったという建物の一部が江戸時代のもので、 あとは明治大正期の建物が五軒ほど残っているだけだった。けれどもこういった旧街道沿いの間口の狭い家々や、街道からちょっと外れたところにある小さな町にしては多い寺社といった風情は都市にはないもので、最近は年配の観光客に人気があるようだ。 旧街道から少し離れた南側にある県道にはいくつもの飲食店や地元の名産品を扱う店があって時々は団体バスも停まることもあった。
 礼郷が子どもの頃はこの古い家はもう使われておらず、両親たちが墓参りへ来たついでに近所の人達へ挨拶をしていくときなどに立ち寄る程度だった。だから家の中はきれいにはしていたが空気がよどんでいかにも人の住んでいない様子で、子どもだった礼郷には何の思い出もなかった。


「え? 今度の土曜日?」
「ああ、おまえは仕事は休みだろう。時沢の家へ行くんだが一緒に来てくれないか」
「時沢へ? 何か用なの」
 会社から帰ってきて夕飯を食べている礼郷へ父が向こうのソファーから言ってよこす。礼郷の働く会社は都内にあり飛行機部品関係の設計を主にしている会社で土日は休みだからそれは問題ないのだが。
「時沢の家、あの家は今は文化財として町へ提供している形になっているんだ。家の建物を保存して管理してもらう代わりに地元の人に使ってもらっている。古い建物を保存してそこをいろいろな活動の場にしているNPO法人っていうのがあるそうだよ」
「へえ、NPO法人ですか」
「何でもあの建物を見学者へ開放したり、保存会の人たちの活動の場所に使っているそうだ」
 礼郷は箸を置いて聞いていた。
「それで、そのNPO法人の人たちから招待を受けたんだ。一度、整備した家の様子を見てもらいたいってな」
「僕が行くのはかまわないけれど、お父さんは大丈夫?」

 礼郷の父は久保田家の当主だから父が行くのは良いのだが、父は体を壊していて健康に自信がない。役員をしていた会社はもう退職して何度かの入退院を繰り返した後はずっと自宅療養を続けている。母は5年ほど前に亡くなっており、母の死後はすでに結婚していた姉の一家が一緒に住んでいる。
「礼ちゃん、頼むわよ」
 礼郷の姉の孝子がお茶を淹れながら言う。
「私、土曜日は沙耶香(さやか)の幼稚園の発表会なの」
「だよー、礼ちゃん」
 姉夫婦の娘の沙耶香が礼郷に飛びついてきた。
「なーんだ、そうか。沙耶ちゃんの発表会か。お兄ちゃんも見たいなあ」
「だーめ、おじいちゃんご用だから礼ちゃん一緒に行ってあげて」
 礼郷の父がひとりで出かけるのに不安があることを沙耶香もわかっているらしかった。
「沙耶香の踊り、あとで見せたげる。おじいちゃんと礼ちゃんに」
「沙耶ちゃん、おじいちゃんも見に行けなくてごめんよ。頼むよ、礼郷。久しぶりに母さんの墓参りもしたいし」
「沙耶ちゃんにそう言われたら行かないわけにいかないなあ」
 礼郷も笑って言ったが、言われるまでもなく父について行ったほうが良いようだった。

 時間は多少かかるが乗り換えなどにかかる手間を考えると父が疲れないよう車で行くことにして礼郷が運転していった。11月だったがまだ寒くはなく出かけるにはちょうど良い気候だった。スムーズに行けば東京郊外の礼郷の家から2時間ほどで時沢町へ着くことができる。
 久しぶりに来た時沢の家は記憶とはすっかり変わっていた。礼郷がこの前、この家へ来たのは母の納骨をするために菩提寺で法事を行った後でこの家の前を通っただけだった。今、この家の中はすっかりきれいに掃除がされて木の格子がはまった引き戸の入り口は開け放たれていた。玄関はなく、道からすぐ出入り口で黒い土間が続いている。 出入り口の脇には大きな水甕(みずがめ)が置かれて季節の花とみごとな松の枝が挿されていた。きれいになって光の入れられた家の中は黒光りする梁(はり)や柱がどっしりとした落ち着きを醸し出している。
 NPO法人の人たち、簡単に言うと「街道保存会」という会の人たちからこの家を使うことになった経緯や準備の様子などを父と礼郷はひと通り聞かされると食事を供された。座敷にお膳を並べて江戸時代の料理を再現したものだという。
「こんな料理で若い人にはお口に合わないかもしれないですけど」
「和泉屋(いずみや)さん、さあどうぞ一杯」
「いや、私は肝臓を患ってしまいましてね、酒は」
 父はそう言いながら一杯だけ注いでもらい形ばかり口をつけた。和泉屋というのは礼郷の家の屋号で、この家も『和泉屋』と屋号で呼ばれている。
「薄味でおいしいですね」
 礼郷は肝臓の持病のある父を心配していたが、父も礼郷の言葉を聞くと世話役の人に勧められて野菜の煮物などへ少し箸をつけていた。
「どうぞ息子さんも」
「いえ、車ですので」
「あー、そうでしたな。じゃあどうぞ土産に持って行ってください。あ、ひさちゃん、これ紙袋かなんかある?」
 まだ若い女性が呼び止められた。盆を持って給仕を手伝っていたエプロン姿の女性だ。
「あ、はい。すぐ持ってきます」

「会長さん、これでいいですか」
 さっきの若い女性が細長い手提げの紙袋を持ってきていた。
「ほう、『大吟醸 宮原』、今はこんな酒を造っているんですか」
 父が目にとめて言う。それは大きくはない四角い瓶へ詰められた日本酒だった。
「私の親父はここの酒が好きでして、よく飲んでました。礼郷、土産にしたいから後で買っておいてくれないか」
「いいですけど、どこで売っているんですか」
「ひさちゃんちですよ」
 世話役の会長がにこにこしながら言った。
「おや、じゃあこの娘さんは『川上屋』さんの」
「はい」
 ひさちゃんと呼ばれた女性が小さな声で答えた。まだ若い女性で26歳の礼郷と同じくらいの年頃に見えた。父が言った『川上屋』というのも屋号らしい。
 食事を終えると地元の人が数人、父へ挨拶に訪れたので礼郷は座敷から土間へ降りて靴を履くと奥の台所のほうへ行った。数人の年配の女性が働いていた。
「すみません、『川上屋』さんというのは」
「あ、ひさちゃんのところだや、ひさちゃん、ちょっと」
「はい」
 さっきの若い女性が流しのほうから答えた。洗い物をしていたらしく手を拭きながら出てきた。
「さっきのお酒を買いたいんですけど川上屋さんというのは?」
「はい、わたしの家です」
「車で行ったほうがいいかな。案内してもらえますか?」
「いいえ、すぐ近くですから」
 その女性が袖のある紺色のエプロンと三角巾をはずすとピンクのトレーナーとジーンズだった。かっぽう着のようなエプロンを着て年配のおばさんたちに混じって働いている時とは違って急に若い女性らしく見えた。自然な栗色にしているショートカットの髪、色白だけども健康的な肌の色。 カジュアルな服装とあっさりした化粧でかわいいと言ってもいいくらいに見えた。他は年配の人たちばかりで若い人は彼女だけだった。


2009.01.26

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