誕生日 8


誕生日

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 今年もやってきたわたしの誕生日。
 まだお父さんもお母さんも何も言わないけれど、ふたりともなんとなく機嫌がいい。でも、それはそれで居心地が悪いというか。どうせ平日で仕事だから今年こそ静かにスルーしよう。

 わたしの机のとなりで副社長の倉橋が住田さんと船外機メーカーのサービスの講習会へ出るかどうか話をしていた。倉橋も住田さんも営業兼サービスをやっていて、うちは小さな会社だからなんでもこなせないと商売にならないんだけど、住田さんは出られないという。
「2日も時間取られたらちょっとね」
「そう、じゃあ真希ちゃん、神田商店にも声かけてよ」
 ふいに倉橋がわたしへ振ってきた。
「わたしがですか」
「そう、俺もでるからさ。一緒にどうかって。神田君、北欧メーカーの船内外機のサービスの経験があるんだってさ」
「北欧っていうとアレですか」
「そう、アレ」
 倉橋と住田さんはアレアレ言っている。わたしもアレっていうのがどこのメーカーかくらいは
知っている。車も作っているあの会社。でもカーチュがそれのサービスをやってたなんて知らなかった。 だってわたしとカーチュはまだ「おつきあいから始めましょう」なのだから。
「だから真希ちゃん、頼むねー」
 それなら倉橋がカーチュへ声をかければいいのにと思ったが、倉橋、気を利かせているつもりらしい。どうやら倉橋はカーチュとツーカーになっているらしいとわたしは気がついた。
 このふたり、いつの間に仲良しになっていたんだ? いやねえ、男の仲良し。

「船外機メーカーのサービス講習があるって。トラブルシューティングとかやるらしいよ。出る?」
『いつ?』
「来月だよ。5月18、19日」
 カーチュがカレンダーか予定表をめくっているような音。
『うん。じゃあ申し込んどいてくれる?』
「わかった」
『おまえ、今夜ひま?』
「べつに予定ないけど。6時には終わると思う」
『じゃ、会社へ迎えに行くから』
 会社の電話だけどまわりに誰もいない時に電話してよかったよ。

 カーチュはツナギではなくてちゃんと着替えてきていた。ジーンズに紺色のセーター。いまだに普段着のカーチュを見ると照れてしまう。スーツもいいけどこんなカジュアルな格好もいい。 陽に焼けて短い髪のカーチュはどんな格好をしていても、たとえ汚れのついたツナギを着ていても割と若く見える。同い年でも男と女の違いだろうか。
 カーチュが夕飯を食べに行こうと言ったので隣の市まで行ってちょっと高級そうな和食のお店で食事をして。またカーチュの車でわたしの会社まで戻ってもらう。
 もう会社の駐車場には誰の車も残ってはいなかった。わたしの車だけ。カーチュはわたしの車のとなりに並べて自分の車を止めた。
「これ、渡そうと思っていた」
 大きくはない細長い箱を渡された。
「誕生日だろ? 今日」
 
 4月2日。年度初めの学年では一番先に誕生日を迎えるわたし。去年までは嫌で嫌でしかたのなかった誕生日。カーチュ、知ってたの……。
「俺は7月生まれだからそれまでは真希のほうが年上ってわけだな」
 歳の話はしないでよっ、しかもわたしのほうが年上だなんてそんなことをっ。
「えー、なによお、年上って……」

 カーチュが身を乗り出してキスしてきた。

「プレゼント、指輪でもいいんだけど、まあ段取り踏むよ。開けてみて」
「……ありがと。腕時計だね」
 わたしが箱を開けるのをカーチュはじっと見ていた。
「俺が送っていくから車は置いていけよ」
「え、でも」
「明日の朝は迎えに行ってやるから」
 そう言ってカーチュは車を発進させた。

「じゃあ、明日7時に」
 わたしを家まで送ってくれてカーチュは車で去って行った。なんだかぼうっとして玄関を開ける。
「あら、神田さんと一緒だったの」
 母が台所から出てきながら聞く。
「うん」
「気の利かない子ねえ。送ってもらったのならなんで直俊さんに上がってもらわないの。そういう時はお茶でもどうぞって言うのよ」
「うん……」

 自分の部屋へ入ってそのままへなへなと座り込む。

 キス……。
 キスしたよね……カーチュと……。
 カーチュの唇。カーチュのキス。カーチュの……。

 指輪でもいいって言ったよね……。
 キスしたよね……。



 今までものすごく夢中になるような、夜も眠れないような気持ちじゃなかった。
 一瞬でも離れたくない、一緒にいたいというような気持ちじゃなかった。
 誰に対してもそんな気持ちになったことない。

 いつのまにか帰ってきていたカーチュ。
 唐突に好きだって言ったカーチュ。
 何にもピンとくるものなんてなかった。

 でもカーチュとならなんとなくこのままいってもいいと思っていた。
 それでキスされたら……だって……

 ああ、こんなわたしの頭の中は誰にも見せられない。舞い上がっているのかもしれない。
 あの、あの、カーチュの唇の感覚。あれって。あの柔らかさって。
 だって、だって初めてだったんだもん。キスしたの。

 こんな恋愛、ありなの……?
 いや、こんなわたしの恋愛がありなの?

 34回目の誕生日。
 それは今までの誕生日とは似ても似つかぬ日になった。


2009.03.22

  ちなみに  船外機・・・・・外付けタイプのボート用エンジン
          船内外機・・・船内部にエンジン本体があるボート用エンジン、です。 (実成)


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