誕生日 7


誕生日

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「あらあら神田さん、悪いわねえ、わざわざ。ちょっと真希ー」
 母の華やいだうれしそうな声。声だけ聞いてもわかる、もううれしくてたまらないっていう様子だ。お母さん、そんなに若い男と話すのがうれしいですか、と言ってやりたくなる。でも母がうれしいのはカーチュが(母から見れば)若い男だからなのではなくて、わたしと結婚したいと言ったからだ。
「いえ、じゃあちょっと出かけてきますんで。あ、これ、よかったら」
 菓子折りのようなものを母へ渡すカーチュ。
「なに、ミコ良くしちゃって(気に入られようとしちゃって)」
 カーチュの車に乗ったわたしは思いっきりぶーたれて言った。
「いや、常識。それよりどこ行く?」
 デートだって言ったくせに、お母さんには菓子折りでわたしには「どこ行く?」なわけ?
「どこでもいいわよ。それより」
 わたしは不機嫌ではなくて真面目に言った。
「あんまりお母さんたちを本気にさせないで。わたしたち、まだどうなるかわからないのに」
 喜ばせておいて、やっぱりダメでした、なんてことになってもわたし責任取れない。もうお母さんはカーチュとわたしの結婚が決まった気になっているのだ。あのうれしそうな様子!

 でも、わたしは全然自信がない。
 カーチュのことが好きなのかどうなのか。こうしてデートだと言われて一緒にいても。

「なんだ、情けないこと言うなよ。どうなるか、じゃなくて、どうするか、だろ?」
 カーチュは車を運転しながら言う。
「順番にこだわるなよ。こうしてデートしているんだから」

 …………
 この男には順番、段取り、徐々に、っていう言葉は意味がないらしい。
 盛大にため息をついてやりたいところだったが、こうしてふたりで出かけているからにはそれも空しい。わたしは不慣れな「カーチュとデート」っていう空気に慣れるために話をすることにした。どうせお見合いでの初対面デートは場数を踏んでますもんね。
「カーチュはさあ、どうして大阪から帰ってきたの?」
「ん? 親父の店継ぐことは前から決めてたから。自動車整備士になって営業なんかもやってさ、まあそれなりに経験積めたし」
 営業? ああ、そうか。カーチュのスーツ姿はかなり板についたものだった。うちの会社の住田さんよりも営業ぽかった。
「それで?」
「あん?」
「それで、どうしてわたしと結婚しようと思ったの? 後継ぐならやっぱり結婚しなきゃって思ったわけ?」
「それもある」
 
 カーチュは滑らかに運転をしている。前に仕事で倉橋の運転する車に乗ったことがあったけど、倉橋の運転はちょっと、いや、かなり乱暴だった。せっちゃんは平気なんだろうかと内心心配したほどだ。でも。
 お見合いくらいでしか男の人の運転する車に乗ることのないわたしにもわかった。カーチュの運転は静かだった。加速もブレーキも。きっとこういうのを上手な運転というのだろう。いつもひとりで車を乗り回しているわたしは自分の運転も上手いのか下手なのか自覚がない。

「でもそれだけじゃないよ」
 しばらく走って海沿いのパーキングエリアのようなところに車を止めたカーチュが不意に言う。
「え?」
「こっちへ帰ってきて真希がまだ結婚してないって知って、俺、ラッキーかもしれないって思ったもん」
 ラッキーですか、わたしが結婚してないのが。
「そういうわけです」
 
 カーチュのわざと真面目な言葉に笑った。
 同級生だけど、顔も姿も知っていたけれど今までカーチュのこと何も知らなかった。確かにお見合いで会うのと似ているのかもしれない。知らない者同士が少しずつ知りあっていくあの感覚と少し似ている。わたしはいつでもその感覚が不自然に感じられて何度も会う前に断わってしまっていた。 今のカーチュもわたしにとっては知っているけれど、知らない人。こうして会っていてもお見合いで初対面の人の車に乗せてもらうような気詰まりはないけれど……。

 33年も生きてきて、ほんとは、ほんとは臆病で世間知らずなんだよ、わたしは……。

 カーチュはまた車を出すと海沿いの道を走り始めた。やっぱり運転が上手い。わたしはこの際、カーチュのことを情報収集しておこうと引き続きいろいろ聞くことにした。
 カーチュって兄弟いるの?(それも知らなかったから)妹がいるよ、去年結婚した。高校卒業してずっと大阪にいたの? 配属が変わることもあったけど大阪近辺をうろうろしてた。関西って楽しい? いいぞー、バイク好きなおもろい奴がぎょうさんおる。えー、関西弁しゃべれるの? あたりまえや、十年以上もおったら。 バイリンギャルなみや。バイリン、ギャル……それって(ぷっ)。そやけど俺の関西弁はええ加減や。生粋じゃないからな。カーチュのお父さんやお母さんはわたしのことなんて言ってるの……。
 最後の質問にカーチュはちょっと黙った。まさか言ってないとか?
「俺も親父たちに言ったのが急だったからあきれていた。でも田代さんちの娘さんならって言ってた」
 あきれたのはわたしだけじゃなかったのね。
「だけどうちは親と同居か、同居でなけりゃ近くに住むかだし、親付きの自営業なんて一番敬遠されるだろ? もし真希が嫌なら断ってもいいよ。真希のお父さんやお母さんには俺から言うからさ」

 ……そんなかっこいいこと言っちゃって。いつからそんなおとなになったのよ、カーチュ。

「まだわかんないよ。カーチュのことなんて」
「えー、中学の時からたいして変わってないぜえ。それじゃダメかよ」
 自分からそんなこと言う人って。じゃあ、あんた中坊か。
 でもカーチュは楽しそうだった。そう、変わってない。中学生だったデコピンカーチュと。

 ……それなら最初からつきあおうって言ってくれたらいいのに。いきなり結婚だなんて言うあんたが悪い。


2009.03.13

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