誕生日 4


誕生日

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「節子さん、結婚するんだって?」
 爆弾のような母のひと言。どうして知ったんだろう。わたしはまだ言ってないよ。ぎりぎりまで
黙っていようと思っていたのに。
「あの節子さんがねえ」
 お母さん、それはせっちゃんに失礼でしょ。
 でもわたしが何を言っても風向きが悪くなることは目に見えている。
 わたしが黙っていたからだろうか、母もそれ以上なにも言わなかった。でも背を向けて洗濯物をたたみながらなんだか涙をぬぐっているように見えた。
 それって……。

「真希」
 その夜、わたしの部屋のドアがノックされた。ノックなんていつもはしないのに。母はドアの外からぼそぼそと言う。
「あんたはお父さんやお母さんの立場も考えてよ。真希ちゃんはまだ結婚しないのか、親が相手をえり好みしているんだろう、なんて言われるたびにお母さんは恥ずかしくて、悔しくて……」
 …………
「あんただって結婚しなくてずっとひとりでいられないってわかっているでしょう? いったいどうするつもりなの」
 …………
「この前も伯父さんから真希が結婚しないのはお母さんのせいだって言われて」
「……わかった」
「真希」
「今度、お見合いの話が来たらその人と結婚する。それでいいでしょう?」
「真希!」


 悔しすぎて涙も出ない。
 わたしはバッグとコートをつかむと家を飛び出した。もう夜11時だ。乱暴に音をたてて玄関の戸を開けて車に乗った。父や母が出てこないうちに車を発進させた。
 人のいない、車さえ通っていない夜の道を走る。外灯もない暗い畑や田んぼの中の道路。

 真っ暗な道の途中で車を止めてエンジンも切る。すぐに寒くなってコートを着ていても体が震えてくる。わたしは泣きながら震えていた。

 自分で望んで結婚しないわけじゃない! えり好みしているわけじゃない! 嫌な男と結婚したくないだけ。

 どうしてそれをお母さんはわかってくれないの。


 鼻をすすり、寒くてかじかんできている手でエンジンをかけた。結局は帰らなきゃならない。

 会社まで車を走らせ、あてもなく駐車場に車を止めた。港のほうが明るい。たいした港ではないけれど夜でも灯りがついている。会社の駐車場はがらんとしていたけれど一番手前に1台の車が止まっていた。会社の誰かが車を置いていったのだろうか。あれ? でも。
 なんとなく見覚えのある車。もしかしてこれ、カーチュの……。
 でも、なんでカーチュの車が止まってんの? こんな夜中に。

 1時間くらい過ぎただろうか、やっぱりカーチュが歩いてきた。手には釣竿を持って。
 カーチュは自分の車のとなりにわたしの車があるのに気がついて足を止めた。
「真希?」
「なにやってんのよ。こんな夜中に」
「そーゆーおまえこそ。俺はほら」
 カーチュがバケツを差し出した。何か入っている?
「イカ? イカ釣ってたの」
「そうさ。ここ便利だなあ。岸壁近くて」
 うちの会社の駐車場なんですけど。 
「真希、イカ食う? 食うならやるぞ」
「いらない。こんな港のイカなんてよく食べるわね」
「……なんだよ」

 ぶっきらぼうに答えるわたしにカーチュはむっとしたようだった。
 カーチュは自分の車のトランクを開けると釣竿やなんかをしまっている。いつものツナギにジャンパー。いつかのスーツ姿がうそのようだ。バンと音を立ててトランクを閉めるとカーチュはわたしの車へ回ってきた。
「おい、コーヒーでも飲みにいこうぜ」
「飲みたくない」
「なんだ、機嫌悪りーな」
 どーせ。
 わたしは運転席でハンドルへ腕を乗せて顔をうずめてしまった。ひどくみじめな気分だった。しばらくそうしていたけれど、どうなるものでもないから顔をあげたらまだカーチュがいた。寒そうに肩をすくめてポケットに手をつっこんでわたしとカーチュの車の間に立っている。
「……帰んないの?」
「そーゆーおまえは」
「帰るよ」
 エンジンをかけるとカーチュも自分の車に乗った。窓ガラスを下げてカーチュが言う。
「先、行けよ」
 先にわたしが行けと言う。どうせ途中までは一緒だ。しばらく走って家の近くまで来る。カーチュの家へ行く別れ道の交差点をわたしは直進する。するとカーチュの車もついてきた。そのままわたしの家までついてくる。わたしが家の前でいったん車を止めるとカーチュの車がゆっくりと通り過ぎた。 通り過ぎる時にこっちを見ていたカーチュ。しょうがねえな、って顔だった。でも送ってくれたんだ。いや、ついてきてくれたんだけど。




 そして3月。せっちゃんの結婚式。
 披露宴では小柄なせっちゃんは濃いピンク色のカクテルドレスのようなドレスだった。体の小さいせっちゃんがぶわっと広がったスカートのドレスだったらバランスが悪いだろう。その点ピンクのカクテルドレス風はとてもせっちゃんに似合っていた。
 結婚式は地元にある大きな神社で打ち掛けを着て行い、披露宴はホールを借りて行う。この町には大きなホテルはないし、結婚式場もいまいちだったからこれは良い選択だよとみんなが言っていた。
 
 せっちゃん、緊張していたな。
 倉橋、思ったとおりタキシードが似合ってなかった。七五三レベルだ。照れまくってた。

 でもふたりともうれしそうだった。

 せっちゃんのお父さん、お母さん、お姉さんの一家や妹。みんな晴れがましくにぎやかだった。
 倉橋の父親、最後のあいさつが長かった。あれじゃ父親というより社長挨拶だよ。住田さんがわたしのとなりで小声で「誰か止めてやれよー」と冗談を言っていた。

 でも、よかったね。せっちゃん。倉橋。

 せっちゃんは最後のブーケトスをわたしに渡すと言ってくれたけど、わたしはブーケトスを受けようと集まった女性陣の一番後ろのほうにいた。かわいいブーケは倉橋の親戚の若い女の子が受けとめていたが、披露宴の終わった後でホールのロビーで見送ってくれたせっちゃんはわたしに小さなブーケを渡してくれた。 白い薔薇に青い花と小さな白い花とアイビーの緑の葉。
「真希ちゃん、ありがとう。これからもよろしくね」
「……うん。ありがとう。せっちゃん」
 なんだかうまく言えなかった。せっちゃん、ちょっとうるうるしていたみたいだったから余計に。

 ……結婚するのが嫌なわけじゃないのに。
 どうしてわたしには縁がないんだろうなぁ……。
 わたしってどっか変なのかなあ……。


2009.02.25

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