芸術家な彼女 13

芸術家な彼女

目次


13


 初めて来た市民グラウンド。
 河川敷にあってまわりには同じようなグラウンドや公園、ジョギングやウォーキングができる
コースもある。
 立原のチームの人たちが集まってくるのを私はグラウンドの外のちょっと斜面になったところに腰を降ろして見ていた。 チームの中では立原は若いほうだった。40代くらいの人もいる。
 他にも応援に来ている人達がいて、小さな子どもを連れた奥さんたち。その奥さんたちに立原は「この人、今沢さん。俺の応援」と言っていた。私も挨拶くらいしなけりゃと思って「よろしくお願いします」とお辞儀をすると 立原に上着なんかを「これ、持っててくれる?」と言って渡される。
 立原のチームのユニフォームは緑のシャツにグレーのパンツ。緑の靴下。いかにもユニ
フォームっていう色だなあ。
 最初は話しかけられなかったが、チームの人たちがフィールドに入ってウォーミングアップを始めると奥さんたちが話しかけてきた。
「こっちで座らない?」
 赤ちゃんを抱いた女性がベンチに誘ってくれた。まわりでは小さな子どもたちがきゃあきゃあいって遊んでいる。みんな顔見知りらしい。
「立原さんの応援の人って初めて」
 別の女性が言う。その人も5、6歳くらいの女の子を連れている。
「そうなんですか」
「私たちもいつも応援に来るってわけじゃないけど。たまにはパパを応援してあげないと」
「そうそう、ここはチビさんたちも遊べるし」
 その人たちが袋からお菓子を出して子供たちにあげていて私にもアメをくれた。しまった、私は何も持ってこなかった。
「あのう、試合ってどのくらい時間がかかるんでしょうか?」
「時間? 前後半45分ずつだから、全部で2時間くらい。今日は1試合だけだから」
「すみません、私サッカーわからなくて」

 この人たちだけが応援の人かと思っていたが、試合が始まると何人かが後からやってきた。それに見物人も。ジョギングやウォーキングの通りすがりに見ている人も大勢いる。
 私はずっと立原を見ていた。審判の笛で試合が始まり、中央からボールが動き始める。走る選手たち。……でもルールが良くわからない。テレビで見かける試合と違ってグラウンドの横から走る選手たちを見ても混みいっているだけのようでなにがなんだかわからない。 ただ立原はどんどん走っている。右へ左へ。緑とグレーのユニフォームの立原。
 それにちゃんと「監督」っていう人がいる。時々選手たちに大声でなにか指示を出している。この監督さんも40代くらいの人だ。 ただサッカーの好きな人たちが集まっているだけかと思っていたけれど、けっこう本格的。立原が言うには小学生のような子供からシニアまで年代別にチームがあってちゃんとチームも選手も登録されているそうだ。 シニア? へーえ、子供たちの
サッカーってなんとなくわかるけど、おじさんたちのサッカーって想像つかない。
「まあ、俺達なんかサッカーもするけど飲み会もやるからなあ。飲み会のほうが盛り上がるっていうチームもあるらしいぜえ」
 はは……そうなのね。

 前半。
 立原ではなかったが立原のチームの人がシュートしてすごい歓声が上がったのにはびっくりした。え? 点が入ったの? よくわからなかった。というか選手の人たちの陰になってゴールが見えなかった。でも応援の人たちもチームの人たちも手を叩き合って喜んでいる。
 でもまもなく相手チームにゴールされて同点になってしまった。前半が終わって休憩タイム(あとから『ハーフタイム』というのだと立原に教えてもらった)。それから後半。 なんかボールの動きを目で追っていくにも疲れてきてなんとなく立原を見ている。
 あ、ゴールの前で……立原がシュートした。わあっと大きな歓声、入った……。飛び上るようにして拍手をしている応援の奥さんたち。立原がチームメイトにバシバシ叩かれているよ。それから10分くらいで試合終了になった。立原のチームが勝ったらしい。
「お疲れー」
 チームの人たちがベンチに戻ってくる。みんなすごい汗が流れて飲み物を飲みだす。
「立原ー、よかったな。彼女の前で決められて」
「おう」
 か……彼女って、それって私の事……。
 立原はこっちを見ることもしない。なんか楽しそうに話している。

 みんなは飲み物を飲み終わると集まってクールダウンとかなんとか言って体操のようなものをし始めた。はあ……。
 何をしたらいいのかわからなかったからじっと待っている。チームの人の何人かが子供たちと遊び始めた。奥さんたちが折りたたみのイスを片付けたり荷物をまとめだした。私もゴミがないか見回す。 片付けも済んで「お疲れ」なんてまわりの人に言うと立原は私のところへやってきた。
「終わったから帰ろう」
 そうなのか。
「シュート……したね」
「うん。かっこよかっただろ?」
「どうかっこいいのかよくわからない」
 がくりと肩を落とす真似しちゃって、立原ったら。

 ユニフォームの上着をTシャツに替えてその上に黒いジャージの上下。ああ、そうだね、そんな格好だとサッカー選手そのものだよ。

 立原の現役時代を見てみたかったとは思わない。
 きっとその時の彼に出会っても、ううん、サッカー選手のままの立原には私は絶対に出会うことなどない。決して。
 今の私を立原が好きだと言ってくれるように私も今の立原が好きなんだ。サッカーがわからなくても、立原がサッカーが好きだということはわかる。
 そんな立原が好きなんだ。

 ……彼の部屋で暮らすのもいいかもしれない。
 立原の背中に聞こえないようにそっとつぶやいた。

第二部 終わり


2008.01.18掲載

目次    前頁 / 次頁

Copyright(c) 2007 Minari all rights reserved.