芸術家な彼女 11

芸術家な彼女

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 このところの今沢はいつ見てもコサージュってやつを作っている。作りだすと集中するのはいつものことで見ていてもあきれるくらい作り続ける。最初は同じようなものばかり作っていると
思っていたけれど見慣れてくると同じものはひとつもないし 今沢なりに工夫して作っているらしいということがわかってくる。今沢も珍しく「コサージュは結構力を入れて作っている」なんてことを言っていたし。
 今沢によるときれいなだけ、整っているだけのコサージュはいくらでも売っているそうで、本当に凝ったものは服に合わせてひとつずつオーダーメイドで作るそうだが、そこまでいかなくてもありきたりでないコサージュを今沢は作りたいそうだ。
 俺はコサージュがどんな物かさえ知らなかったけど今沢はかなりの数を作っているらしい。そうだろうな、と思う。彼女は仕事は遅くない。しかも手を抜かない。作っているとだんだんと口数が減ってきてさすがにそういうときは俺も話しかけない。 ただ、限界を超えて無理をしないように気をつけてやっている。
 そうしてここ何ヶ月かの彼女の仕事ぶりを見て、やはりその真面目な取り組みかたと集中力には内心感心している。俺としてはもうちょっと彼女が気を許してくれたらって思うけれど、やはり今沢のことがだんだんとわかってくると逆に手を出すのがためらわれる。 俺の予想を超えてはるかに真剣に仕事に取り組んでいる今沢。仕事に関してはひたむきでごまかしがなく、とんでもなく無鉄砲で。
 今沢を好きなことには変わりはないが一度抱いた女に抱きしめてキスするのにこんなに時間かけて、ああ、俺ってなんていいやつなんだ……。


 私だってパーティーの時くらいせめて少しでもきれいになりたいと思う。 私は体は細いことは細いけれど体つきにメリハリがあるわけでも、しなやかさがあるわけでもない。自分でもわかっている。手入れのされていない体だって。 美容院へ行くお金もなかったからパーティーの前日に前髪を自分でカットして眉を整えてむだ毛の処理をしていつもよりていねいに乳液をすりこむ。そんなところがせいぜいだ。
 当日は髪をひとつにたばねてすっきりとさせる。伸びてしまった髪もこうすればなんとか見られる。もう何年も前に買った口紅やファンデーションでお化粧をしたけれどこんなにお化粧するのは何年ぶり……?
 そしてワンピースを着て私は自作のコサージュをつける。何の花、というわけではない抽象的な花。大きさも大きくない。グレーのワンピースに合わせた同じトーンの色合い。つける位置はあらかじめじっくり鏡の前で研究済み。 当日あわててぱぱっとつけるのではやはり良い位置につけられない。これは作るプロとしてわかっているから。

「おっ」
 迎えに来てくれた、といっても隣りなんだけど、立原の第一声はこれだった。
「望、いいじゃん。すごくいいよ。似合ってる」
「……ありがとうございます」
 他人行儀すぎるかもしれないけれど、褒めてもらえて恥ずかしかったけれどやっぱりうれし
かったからちゃんと礼を言う。
「さ、行こうか」
 え? でも立原、その格好は……。
「なんで立原さん、そんな服着ているの?」
「いいだろ。ちょっとした普段着」
 普段着のわけないでしょ。スーツだよ、それ。
 ネクタイはしていなくて襟元のボタンを開けた白いシャツ。これでネックレスなんてしていたら殴るところだけれど、立原はそういうのはしないらしい。それに体つきがしっかりしている立原は見栄えがいい。 テレビで見るスポーツ選手みたいな雰囲気がある。サッカーやっているから?
「送ってくれるだけなのに?」
「ま、いいから。なんかで俺も車降りたりするかもしれないだろ? そんなときにやっぱね」
 やっぱなによ? と思ったけれど、送ってもらうのに文句言うのも悪くて黙っていた。

 滝口さんは倉庫兼店舗の一角をパーティー会場にしつらえてあった。倉庫の前にお客らしい2、3人がいて滝口さんとご主人らしい人がお客を迎えるために立っている。
「あらー、今沢さん!」
 ちょっと驚いたふうな滝口さんの声に迎えられる。
「こんばんは、本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「こちらは今沢さんの彼氏かしら?」
 いつのまにか立原が車を降りて私のとなりに立っている。
「立原です」
 立原、なんで滝口さんご夫妻と挨拶なんてしているの?
「あちらが駐車場ですのでどうぞ。でも知らなかったわぁ。今沢さんにこんなすてきな人がいたなんて」
 すてきな人ぉぉぉ……いや、まあ、割と見た目はいい男だと思うけど、でもそういう意味ではなくて……。
「あの、送ってもらっただけですので。立原さん、もういいです。ありがとう」
「あら今沢さん、もういいだなんて。どうぞ立原さんもご一緒に。ね、今沢さん」
 立原、私が睨んだのにうんうんと頷いている。それを見て微笑む滝口さんご夫妻。立原、あんたがスーツを着ていたわけがよーくわかったわよ。

 まわりは知らない人たちばかり。やっぱり立原が一緒でよかったかも。なんて勝手なこと考えていた私に滝口さんが話しかけてきた。
「今沢さん、こちら私の友達の大島さん」
 その大島さんは滝口さんと同年代で黒っぽいくらい深い色のグリーンのドレスだった。X字に開いた胸元の高い位置には私の作ったコサージュ。クリーム色のちょっと咲き乱れたような薔薇の花。 大きいのと中くらいの花を添わせたボリュームもあるちょっと陰りのある大人のコサージュだ。大島さんはロングのパールのネックレスを無造作な感じで、でもほんとうは慎重に計算して首にふた巻きしている。
「あなたがこのコサージュを作ったかた? このお花とてもすてきだわ。ただお行儀の良い花
じゃないのがとってもいいわ」
 このコサージュは以前、滝口さんがお友達にプレゼントしたいからと私に注文して下さったものだ。こうして実際に身につけてもらっているところを見るととてもうれしい。そういう機会は本当に少ないから。
 しばらくコサージュの話をして気がつくと立原がむこうで背を向けて誰かと話していた。相手の人は40代くらいの落ち着いた感じの男の人。

「あなたは……確かインテル横浜にいた立原さん?」
「……ええ、そうです」
 インテル? 静かに話しているので声が聞き取りにくい。私は立原のそばへ行った。
「あのときは残念だったね。今日は仕事かなにかの関係で?」
「いえ……こいつの、彼女のエスコートで」
「そう、村松です。よろしく」
 村松さんというその人は立原と次に私にも手を差し出してきたので私も握手をした。立原の知り合い? でもそんな感じじゃない。
 立原は村松さんに会釈をすると彼に背を向けた。村松さんが立原のほうをちらっと見ながら連れの女性にさりげなく話しているのが見える。立原のことを言っているみたいだった。
 そんなむこうを見ている私の視線に気がついたのか立原は「おい」と小声で言って私の視線を自分に戻させた。
「なーに気にしてんだ」
「だって……」
「それよりあそこに飾ってあるの、おまえの作った花だろう?」
 立原が私の背を押す。
 アンティークな低いキャビネットの上に銀色の盆が置かれてワインとベネチアングラスがいくつか置いてある。その脇に私の作った薔薇の花。これもベネチアガラスの花瓶に飾られている。
「ふーん、飾るとこういう雰囲気になるんだ」
 今日はコンタクトで眼鏡はしていない立原が私の作った花を見ている。

「立原さん」
 滝口さんのご主人が話しかけてきた。
 さっきの村松さんとその連れの女性もいる。向き直った立原は礼儀正しい微笑。
「立原さんは……失礼だがどのような仕事を?」
「親父が不動産関係の会社をやっていまして、その関連会社で僕も働いています」
「そうですか。私と村松は子供の頃からの友人でして学生の頃は一緒にサッカーをやっていたんですよ。さっき村松からあなたのことを聞いて思い出しました。お尋ねしてもいいですか」
「どうぞ」
 礼儀正しい滝口さんに立原も穏やかに答える。
「もうサッカーは?」
「やっていますよ。草サッカーですけれどね」
「そうですか……いや、失礼。あなたの……あのゴールが忘れられなくてね」
 そう言って滝口さんと村松さんが顔を見合せてほほ笑んだ。そして村松さんが改めて手を差し出してきた。その手に立原は答えるようにしっかりと握手をする。そして次に手を差し出した滝口さんとも。
 なんだか何かを確かめているような、そんな握手だった。
 力強い男同士の握手……。


2008.01.11掲載

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