彼方の空 10

彼方の空

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10


 深夜というほどではなかったが、自分の持っている鍵でドアを開けて静かに中へ入った。
 灯りのついているリビングでそこに三生がいないのを見てから音を立てないように寝室のドアを開けると、やはりベッドサイドの灯りがついていた。ベッドの上、開いた本を手にしたまま三生が眠っている。
 視力の良い三生はそれほど明るくないベッドサイドの灯りでも本を読む。これってきっと目が悪くなるよね、と言いながらも気にしないで読んでいる。自分も大学生の頃はそうだったと高宮は思い出していた。

 二十一歳。
 服のまま眠っている三生のTシャツの半袖から出た二の腕の素肌が白い。なにも掛けずに服のまま眠っているのは自分の帰りを待っていたからだろうか。

 愛し合って、妻にして。
 三生が若すぎるとは思っていない。

 若さゆえに揺れることがあるのならそれを支えてやればいい。三生にはちゃんと元に戻れる強さがある。それは三生が高校生の頃から感じていたこと。
 内に秘めているものがあるとジェフは言っていた。三生と言葉を交わしたわけではないらしいのに良く見ている。三生の内にあるものがそう感じさせるのだろうか。

 三生の内にあるもの。
 内にあって隠しきれないもの。

 それがときには三生の意図しないことになってしまう。生まれ持ってきたどうすることもできないものだが、三生にとってそれは良い事だけではない。
 母親のことは割り切ってしかたのないことだと考えている三生。だが、多分それだけではないだろう……。


「三生」
 肩に手をかけるとうっすらと目が開く。そこにいるのが高宮だとわかると横になったまま手を伸ばし彼の首へ回す三生に引き寄せられるままにかがみこんだ。
「……お帰りなさい」
「寝るのならちゃんと寝なければだめだよ」
 三生のまだ目が醒めきっていないような顔。少し笑っているような無防備な表情。こんな顔をすることも知っている。
「雄一さん、早く帰ってこないかなって……」
 抱きついてきた温かい体に眠らせたほうがいいとわかっていながらキスをする。唇を柔らかく食むと合間に漏れる息が甘い。三生がわかってそうしているのか、目を閉じてされるがままに唇を開いている。

 目を開けて。
 その目で見て欲しい。目を開けて自分を見て、そしてもっと声を聞かせて欲しい。
 こみ上げるような思いに顔を離すと三生の目が開いた。
「抱きたい。いい?」
 ためらうかと思ったが三生がうなずいた。ためらえば嫌と言わなくても無理をするつもりは
なかったが、また三生の手で引き寄せられた。三生のあごが上がって唇が彼を迎えてくれる。

 まだ、お互いが服を着たまま。
 服の下へ手を入れて素肌をなでる。胸のふくらみに手を這わせると三生から声にならない息が吐き出されたが、それを吸い込むようにキスをする。キスをしながら胸のあたりに三生が触れているのを感じる。三生の手がネクタイの下のシャツのボタンをはずそうとしている。
 体を起こすと三生を見ながらネクタイを緩めて引き抜いた。上着を脱いでベッド脇へ無造作に落とすと三生が彼のシャツのボタンをはずしていく。三生の指がひとつずつボタンをはずしながら下へと下がっていくにつれて体の熱さがせり上がってくるようだった。 三生の手にズボンのベルトを探られて息を吐く。求めているのは自分なのに。
 三生の手を離させて自分でベルトを緩めると開いたシャツの中の胸に三生が顔をつけた。唇の柔らかいあたたかさが肌を這うと腰の芯が痺れるように感じるほど熱くなる。三生の部屋着のズボンを下着ごと引き下げてそのまま両足を開かせるとさすがに恥ずかしそうに閉じようとしたが、そっとキスでなだめた。 それ以上の愛撫もなしに圧力をかけると小さな声が上がったが、求めた通りに受け入れてくれる。ただそれだけで高まっていく。
「は……」
 三生の声を聞きながら腰を揺する。服を脱ぎきらずに体を繋げるもどかしさも今は感じない。いつもはもっと声を抑えようとする三生から何度も声がこぼれている。
「……あっ、あ……」
 三生が喘ぐたびに熱いものが突き上げてくる。熱く滑る内部の深いところで繋がるのを求めるように三生が動くたびに返ってくる快感。

 三生が求めてくれる。三生に抱かれて、三生が自分を満たしてくれる。だから……。

 三生の体が強張ったように止まる。それは抗うのではなく、上り詰める寸前の本能の反応だった。反動のように押し返す強い締め付けに心と体を明け渡し、すべてを開放していく。ただ愛しい三生の中へなにもかも。





 もう、今はなにも着ていない。
 抱き合って横たわり静かに繰り返される三生の息を聞きながら滑らかな背に手を当てていた。
「今夜、ジェフリー・レイエスという男に会ったよ。アメリカ人の映画監督だ」
「……映画監督?」
 三生が目を上げてそう聞くと高宮はうなずいた。
「そう。ドキュメンタリー映画の監督で、トーキョー・ショートフィルム・フェスティバルで審査員をするために日本へ来ているんだ。ジェフが君と大学で会ったと言っていた」
「大学で。それは……」
「ジェフは君と会うのが目的で大学へ行ったそうだ。彼の奥さんのために」
 高宮を見ている三生の顔。どうしてと三生が問う前に高宮は口を開いた。
「彼の奥さんはキャスリーン・グレイなんだよ」


2011.01.23

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